著者/時雨沢恵一の作品 『ぼくのいぬのうた』

    著・時雨沢恵一/絵・黒星紅白

 

 

 きみが初めて、この家にきたとき──
 十数年前の事だけど、僕はまるで昨日の事のように、よく覚えているんだ。

 

 どこか不安げな、落ち着かない様子のきみは──
 たくさん泣いて、たくさん動いていたね。
 そして家のあちらこちらで騒動を起こして、パパとママをとても困らせて、それから、とてもとても笑顔にさせたね。

 

 きみがどんどん大きくなっていくのを──
 僕はそばでずっと見ていたよ。

 
 あっと言う間に逞しくなったきみは、たくさん走って、たくさん暴れたね。
 やっぱりたくさん騒ぎを起こして、パパとママをとても困らせて、それから、とてもとても笑顔にさせて。

 

 もちろん僕も、きみと一緒に過ごせることが、とても嬉しくて。
 どれほど一緒に走っただろう。
 どれほど一緒に眠っただろう。


 きみが僕の顔を舐めてくれるたびに
 僕はきみの顔をたくさん舐めて、そして一緒に笑ったね。

 いつまでも、これからもずっと、一緒にいたかった。

 いつまでも、これからもずっと、一緒にいられると思っていた。


 でも──
 それは叶わない夢だって、届かない願いなんだって、僕には分かってしまったんだよ。

 

 もうすぐ僕は、遠くに行く。
 きみを置き去りにして。
 だって、寿命だから。
 それが──
 犬の寿命だから。   

 出会ったときは赤ちゃんだったきみも、もう大きくなった。


 どうか、長くひどく悲しまないでね。


 どうか、楽しい思い出だけを、ずっとずっと抱いていてね。
 きみが最初に手を動かせるようになったとき、僕を優しく抱いてくれたみたいに。


 きみが初めて、この家にきたとき──
 十数年前の事だけど、僕はまるで昨日の事のように、よく覚えているんだ。

 この素敵な思い出といっしょに、僕は虹の橋を渡ろう。