【無料】特別短編 「ストロベリィオンザショートケイクスの季節。」featured strawberry on the shortcakes(ss-edit)

○登場人物

 

ニコ……天使性溢れる少女。

[甘樂{かぬら}][木{ぎ}]ノア……年中無休のアンニュイ。

[織原{おりはら}]ツクモ……成金ソフトマッチョゴリラ眼鏡。

ヨーゼフ先生……おんじ。本名不明。国籍不明。元田中歯科医で診療所をやっている。

リンリン……田中歯科医で働いてる。国籍不明。ファンキーなオトナの女性。

 

 

 

 

 

 

                ♪

 

 ――カランコロン。

 

 [涼{すず}]やかというか鈴やかなドアベルが鳴った。

 入り口のドアが開かれると設置したセンサーが反応して、事務所の奥のくつろぎスペースにいる人間に音と光で知らせるようになっている。

「こんにちは」

 ほかのふたりが出払っていて、留守を任されたニコが少々緊張の[面{おも}][持{も}]ちで来訪者を出迎えた。

「やあ、ニコちゃん。こんにちは」

 来訪者はほがらかにあいさつを返してきた。

 一見すると大柄で威圧感がある年老の男性。しかし、淡い色の瞳にそのもふもふ髭のサンタクロースのような見覚えのある[風貌{ふうぼう}]によって、ニコの緊張が一気にほぐれる。

「[闇{やみ}][医者{いしゃ}]せんせー」

 ニコは、来訪者をそう呼んだ。

「闇医者って……」

 対してサンタ似の髭のひとは、がっくりと[頭{こうべ}]を垂れた。

「闇医者じゃなくて、僕のことはヨーゼフ先生って呼んでね」

「ごめん……なさい、ヨーゼフ先生」

 そうだった。と思い出したようにニコは反省する。敬語も忘れずに。

 十二月。季節柄か、よりサンタっぽい髭がふがふがと揺れる。

「ううん。いいんだよ。ノアがずっと僕のこと闇医者って呼んでるからね。それでインプットされちゃったんだよね」

〝闇医者〟の発信源は、主にノアだ。

 そもそもはツクモの知り合いで、ツクモはもちろん、ノアとニコの健康面のサポートをしてくれている。

 ただ、ノアが古い映画を観たときに出てきた『闇医者』の概念を知り、

「てか、まんまヨーゼフじゃん」

 と思ったことから、それ以降ノアが、ヨーゼフ先生を闇医者センセーと呼んでいる。

 ニコは見た目も美しく可憐な天使性を持ってるけど、中身もまた真っ白なキャンパス地。

 いつも[傍{かたわ}]らにいるふたり、ツクモとノアの影響をモロに受けやすい。

 ヨーゼフ先生も『闇医者センセー』と呼ばれるのは、誤解されやすいし仕方がないと思っている。けども、

「やみ、じゃなくて、ヨーゼフ先生どうしたの? じゃなくて、どうしたんですか?」

 素直で純粋で真面目なニコはすぐには切りかえられなかった。

 敬語にもうまく切りかえられない。

「闇医者じゃないよ」

 ヨーゼフ先生はほがらかな笑顔で、訂正する。

「検診の日? じゃないですよね?」

 ニコは、この街で暮らすようになってから半年ほど、週に一度、心身の健康チェックのためヨーゼフ先生の病院を訪れる。

 ヨーゼフ先生の病院は〝元〟歯科医があった場所で、居抜きでほとんどの機材がそのままになっていたりする。診療台が歯医者のうごく椅子だったり、口をすすぐところが残っていたり。極めつけは本来なら『聖ヨーゼフ病院』みたいな看板が入り口にあってもいいのに、『田中歯科医』という看板のまま。

 ヨーゼフ先生には『僕が[看{み}]てるんだからそれは僕の病院。看板なんてべつに関係ない』と、居抜きなのも予算を抑えて最低限で、どんなひとにでも必要な医療を受けられるようにと、そういう考えがある。

 が、[九{クー}][龍{ロン}][城{じょう}]のみたいな雑居ビルの一角で『田中歯科医』なのに歯科医じゃない病院とか、怪しいことこの上なし。そりゃあ、ノアだって『闇医者』と言いたくもなる。

 それでもやっぱりヨーゼフ先生は、ちゃんとしたお医者様で、ニコだけじゃなくてノアもお世話になってる。だからこそ、さすがのノアも『闇医者』じゃなくて『闇医者センセー』と呼ぶところに若干のリスペクトがある。たぶん。

 ただ。定期検診の予定、今週は明後日のはずじゃ?

 それがヨーゼフ先生どうしたんだろう?

 すこし不安そうにニコが首をかしげていると、

「ああ、検診じゃないよ。ほら、コレを持ってきたんだ」

 言って、ヨーゼフは手に持っていたケーキ箱をニコの目の前に差し出してきた。

 ヨーゼフ先生は、老人と呼ばれる年齢のひとだけど、足腰もしっかりしてる。なんといってもその身長。百九十センチほどある。

 その大柄さにニコは、その手にあったちんまりとした箱に気づけなかった。

「さっき訪問診療先で患者さんにもらったんだけど。僕とリンリンだけで食べるのもなあ、って思って」

 ヨーゼフ先生が言う。

 リンリンとは、ヨーゼフ先生の病院で働いてる年齢不詳の美女のこと。

「でも、ツクモもノアもいないのかな?」

 ニコニコ安全警備保障の事務所は静かだ。

 寡黙なのに存在感がうるさいツクモとノアの気配がまったくないのに、ヨーゼフ先生は気づいていた。

「ツクモもノアもお仕事で……あっ、」

 言いながらニコは腕時計に目をやる。

 安時計だけど、ニコはノアがくれたコレをとても気に入っている。

 時間の概念が体験的に稀薄なニコにとって、このチープな腕時計はなくてはならない。

「もうすぐ帰ってくると思います」

 ニコが言うと、

「そうかい。じゃあ、ここでふたりを待たせてもらってもいいかな?」

 ヨーゼフ先生が訊ねた。

「もちろんです」

 ニコは天使性溢れる笑顔でヨーゼフ先生を見上げた。

 つられてヨーゼフ先生も髭をふさふささせて頬笑んだ。

 ふたりが帰ってきたのは、それから二十分ほどあとだった。

 

                ♪

 

 ――カランコロン。

 

「あれ。闇医者センセー、どうしたの?」

 ニコニコ安全警備保障の事務所に入ってくるなり、ヨーゼフ先生の姿を発見したノアの第一声だった。

「闇医者じゃない。ヨーゼフ先生だろ、ノア」

 遠い目をしてヨーゼフ先生が言う。

 事務所のくつろぎスペースのソファに大柄なヨーゼフが陣取っていた。

 そのとなりにちんまりとニコが座って、ココアを飲んでる。

「どうも、ヨーゼフ先生」

 ノアにつづいて、事務所に入ってきたツクモがコートを脱ぎながら会釈した。

「どうか、されましたか?」

 挨拶を返したヨーゼフ先生にツクモが訊ねる。

 定期検診などもありいつもならヨーゼフ先生の病院にこちらから訪ねる。が、その逆、ヨーゼフ先生がこの事務所にやってくることはあまりない。

「訪問診療先でケーキをもらってね」

 とヨーゼフ先生はさっきニコにした説明をツクモとノアにも聞かせた。

 オトナふたりの会話中、

「ノア、お茶のむ?」

「うん。それ、ココア?」

「そうだよ。ノアも飲む?」

「ボク、紅茶かコーヒーでいいや」

「わかったっ」

 そんなニコとノアのやりとりがあった。

 ニコはくつろぎスペースのソファから立ち上がり、交代でノアがソファに腰を下ろす。

 と、ヨーゼフ先生の視線に気づいたノアが、

「ん? あれだよ? 普段は、ボクも自分でコーヒー取ってきてるよ?」

 日ごろ、ニコにあれこれ世話させてると思われたくなかったのか、ノアが説明する。

「いやいや、そんなふうに思ってないよ。むしろ、ニコちゃんのほうに感心してたんだ」

 ほがらかに、ふがふが髭を揺らす。

 生まれたての赤ん坊のように、ツクモとノアが一から十までニコの世話をしていた。

 それが、こうしてひとりで留守番して、来訪者のヨーゼフ先生にお茶を振る舞うまでになった。

「美味しいよ」

 ヨーゼフ先生は、ニコが淹れてくれたコーヒーが入ったマグを顔のあたりに持ち上げて見せた。

「だろうね。豆は[四階{うえ}]の喫茶の[ブレンド{やつ}]だし、淹れるのだってハイテクコーヒーマシンだしね。そりゃあまあそうだよ」

 しょうもない補足をするノアに、ヨーゼフ先生は、

「そういうんじゃないさ。ニコちゃんがってのが大事なんだよ」

 そう言って、ほがらかに首を振った。

「まあ、ねえ」

 今度は否定もせず、ノアも納得した。

 ノアにとってもニコの成長は、うれしいし、ニコが褒められるのは、ノア自身が褒められるのとイコールみたいなことだし。

「ヨーゼフ先生、おかわりは?」

 マグカップの残りに気づいて、ツクモがソファの脇に立って訊いた。

「ああ、うん、もらおうかな」

 ツクモの気づかいにヨーゼフ先生はにっこりとうなずいた。

「ニコ、俺の分とヨーゼフ先生のおかわりお願いできるか」

 静かにツクモは、事務所のキッチンにいるニコに言った。

 ツクモの声は低くてよく響く。ちょっと離れたキッチンから、

「はーい」

 とニコの天使みたいな声が返ってきた。

 声がしてしばらく。

 トレイにマグカップとコーヒーが入ったサーバーを乗せて、ニコが戻ってきた。

 重いのか、落とさないように気をつけすぎてる緊張感からか、トレイを持つニコの腕がぷるぷる小刻みに震えていた。

 一同がそれを黙って見守る連帯感。

 無事、ふたりずつ対面にソファに腰かけた四人の前にマグカップが置かれた。

 ツクモによっていつの間にか、ケーキ用の皿とフォークも用意されていた。

「じゃあ、」

 と言って待ちきれない様子でノアが、ケーキの入ってるらしい箱に手を伸ばした。

 普段は脱力系アンニュイなくせにこういうときは手早い。

 ノアがテキパキケーキの箱を開けた。

 箱が開き、ノアがなかを覗きこむ。

 同じく、黒目がちな瞳をらんらんとさせニコも箱のなかを覗きこんだ。

「わぁ……っ」

 そして、ふたりして感嘆のハーモニーを漏らした。

 箱のサイズからは想像もしてなかった大きさのショートケーキだった。

 ホールと呼んでいいのか判らない芸術作品のような、ほどよいサイズの苺と立体的造形美。

 ただただ綺麗で立派なだけじゃなく、とても美味しそう。

 何処の有名なパティシエが手がけたモノなのか。

 と思ったら、

「患者さんの娘さんの手作りなんだ」

「えー、マジで? すごくない?」

 ノアが言って、ニコと視線を合わせる。

 ニコはブンブンと首を縦に振って、同意する。

「これは美しいな」

 無感情なほど冷静沈着なツクモもショートケーキを賞賛する。

「食べる、これ?」

 思わず、ノアは勿体なく思ってしまう。

「食べるために作られたモノだから、ちゃんといただこう」

 髭をふがふが言わせながら、ヨーゼフ先生が笑う。

「だよねー」

 ノアがうなずく。

 ニコもうんうん、首を振る。

 ニコとノアがうなずき合うのを見て、ツクモが無言でトレイに乗せてあったケーキナイフを手に取った。

 いくらノアとニコが甘味が大好物でも当然、四人だから四等分。

 そのつもりでツクモがケーキ入刀を果たそうとした。

 そのときだった。

「あ、ツクモ、待って」

 可愛らしいウィスパーが鳴った。

 そっとニコがナイフを持つツクモの手に触れる。

 ひどく真剣な表情で黒目がちな瞳でまっすぐにツクモを見据える。

 その緊迫感に思わず、ヨーゼフ先生とノアが目を合わせて息を呑む。

「――リンリンさんの分っ」

 と、ニコは言った。

 あいかわらず、とても可愛らしいウィスパーだった。

「へっ?」

 ノアはソファにもたれかかったままずるずるすべり落っこちそうになった。

「四人じゃなくて、五人っ」

 ニコは、この場にいる四人だけじゃなくて、田中歯科医(ヨーゼフ先生の病院)で働くリンリンの分も、と言っている。

「なるほど」

 ツクモが合点がいったように顎に手をやった。

「しかし、五等分となると切り分けるの面倒にはならないかい?」

 ヨーゼフ先生が言う。

 たしかにケーキを切り分けるなら偶数のほうがイージーに思える。

「じゃあ、僕の分をリンリンにあげよう」

 なのでヨーゼフ先生がそんな提案をした。が、

「ダメ。だと思う」

 やはりニコは真剣な表情で顔を横に振った。

 茶色から毛先にいくにつれ金色や白っぽくなるグラデーションを帯びた、ふたつ結びの髪の毛が揺れる。

「しょっぱいのもあまいのも、みんなで食べたほうがおいしい! ……だよね?」

 格言のようにしっかりとした言葉で話した。かと思ったが、最後ニコは急に自信なさげに伏目がちになった。

「――だねー」

 ニコの言葉に、ソファに預けた背中を起こしてノアがうなずいた。

「そうだったな」

 つづけてツクモが同調する。

 ニコのこの[科白{セリフ}]の出典は、そもそもがツクモとノアだ。

 そして、ニコはそれを誰よりもつよく信じていた。

 ふたりに対する信頼と同じ分だけつよく。

 そんな三人の関係性に、ヨーゼフ先生は微笑ましくて、髭をさわさわしながら何度も首を降った。

「たしかに、そうだ。そうだね。じゃあ、リンリンの分もよろしく頼むよ。ツクモ」

「はい」

 ケーキを五等分。面倒臭そうだけど、ツクモにかかれば、たいした手間でもなかった。

 あっという間に、ケーキがまったくの均等に、五等分にされた。

「見事なもんだなー」

 ヨーゼフ先生が感心する。

「まあ、こんなもんだよねー」

 それを何故かノアが鼻歌でも出そうなくらい自慢げだった。

 と、[恰度{ちょうど}]そんなときだった。

 

 ――カランコロン。

 

「こんちー、うちのおんじいるー?」

 オトナな[気怠{けだる}]い声が事務所で聞こえた。

「リンリンさんっ、ケーキあります!」

 迎えに出たニコが、長い黒髪長身の女性に向かっていきなり言った。

「はい? ケーキ?」

 そんなことをいきなり言われて頭上に『?』を浮かべたリンリンだったが、

「あー、さっきもらったやつ? んじゃ、うちのおんじやっぱここにいるのね」

 買い物のため訪問診療先で別れたリンリンは、先に帰ってるはずのおんじことヨーゼフ先生の姿が病院にないため、ここまで迎えにきた。

 あまりここには寄らないが、手土産にケーキをもらったことからリンリンは、立ち寄るのはニコニコ安全警備保障じゃないかと思った。

 [此処{ここ}]には甘党のノアとついつい構いたくなる天使ちゃんがいる。

「どうぞどうぞ」

 ニコがリンリンの手を引き、事務所奥へと連れていく。

「やあ、リンリン」

 すっかり馴染んだ様子でソファに腰かけるヨーゼフ先生に、

「ったくもう、」

 思わずリンリンがため息を漏らす。

 

「じゃあ、いただきます。しようね」

 ソファに腰を下ろした四人に、ニコは言った。

 綺麗に笑って。

 

 

 それは聖夜のちょっと前の、ある日のことだった。

 

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