第一章 「すぐキャン」 第一章 – 1

第一章 

「すぐキャン」 

 

 

「はい、先生質問です」

 木乃が、挙手と共に訊ねます。

「はい木乃さん」

「団子を食べていいですか?」

「ダメです。他に質問がある人は?」

 静が、白い学ランに包まれた手をスッと挙げました。茶子先生がどうぞ、と言って、静はいつもの穏やかな紳士口調で問いかけます。

「〝キャンプ〟というのは、皆で野外に行って、食事を作ったり、アウトドアアクティビティを楽しんだりして、夜はテントを張りそこで眠る――、あのキャンプでしょうか?」

「そうそう。そのキャンプ。ザ・キャンプ」

「了解です」

 静が小さく頷きました。

 茶子先生のことだから、何か別の意味で、実にとんでもない行動をさせるつもりだったのかもしれない――、その不安は[払底{ふってい}]できました。

 すぐやる部にいると、簡単に聞こえる言葉ほど、最初の定義共有が重要であるということが学べます。身をもって。

 茶子先生が続けます。

「まあ、〝そのキャンプ〟といっても、実際いろいろあるわよね。例えば、ナイフ一本しか持たずに山の中、森の中に入って、そこにあるモノだけを使って野営する行為とか――」

〝ブッシュクラフト〟と呼ばれる、かなりの上級者向け行為ですね。

 それなりの技術と知識がなければ、遭難と変わらないことになりかねません。でも、多くの人が憧れるので、動画サイトにアップするとウケます。成功しても失敗しても。

「逆に、ありとあらゆる道具は用意されて、テントは豪華でベッドもあって、ときにエアコンすら付いていて、食事は黙っていればフルコースが出てくるようなやつとか」

〝グランピング〟と呼ばれる、超楽ちんお大尽コースですね。

 その分お値段も相当スゴイ事に、ヘタをするとホテルに泊まった方が安いのではないかと思えるほどかかります。ただ、インスタ映えしますよインスタ映え。

「でも、みんなにやってもらうのは、一番分かりやすい、そしてとっつきやすい普通のキャンプ。どこかの森の中や河原ではなく、整備された有料のキャンプ場で、テントに泊まってもらうアレ。理由はね、ううんとね……」

「野外活動を通じて自然に親しみつつ、知識と経験を養い、かつ皆の親睦を深めようという意図ですね」

「静君綺麗にまとめたー!」

 なるほどと部員達が頷く中で、木乃は一人、祈っていました。強く強く、祈っていました。目の前にそびえる団子が勝手に空を飛んで、自分の口に飛び込んでこないかと。

「しかし、キャンプと言えば夏が主流です。十一月も後半のこの時期では、場所によっては寒かろうと思いますが」

「静君いいところに気付いたー! そうね、その通り。寒い時期のキャンプは、キャンプ場と[雖{いえど}]も難易度が上がるわね。でも、それらを打ち消すメリットもあるのよ。汗をダラダラかかずにすむとか、お客が少ないからキャンプ場が空いているとか、初心者が一番嫌がる虫がいないとか、食材が腐りにくいとか、暖かい食事が美味しいとか、温泉がサイコーに気持ちがいいとか――、あとは、関東地方限定になるけど、冬の方が天候が安定している、とかね」

 茶子先生、たまには真面目なことだって言えます。一日に一回くらいは。

「というわけで、レッツ・ゴー・アウト・アーンド・エンジョイ・キャンピング! エヴリバディ、いいわね?」

〝いいわね?〟と言われても、どうせ死ぬ気で反対してもさらりと実行するのが茶子先生ですから、反論する人はいません。するだけ酸素の無駄ってヤツです。

「具体的には、何かプランをお持ちでしょうか?」

 静が聞いて、

「ぜんぜーん」

 茶子先生、アッサリと答えました。なるほど何も考えていなかったようです。ただ単に、突然、冬のキャンプがしたかっただけのようです。

 たぶんですが、漫画かアニメの影響でしょう。

 あるある。そういうこと、よくある。いや、別に悪いことじゃない。というか、全然悪くない。むしろ良い。凄く良い。メッチャ良い。みんなも、もっともっと影響されるべき。

「では、私達で具体的な計画を立てましょう。お団子でも食べながら」

 この瞬間、木乃の静に対する好感度は爆上げストップ高です。

「見たところ、六十本あるようだ。一人十本を基本に」

 続いて出たそんな優等生的発言に、ちょっと株が下がりました。

 おいおい、そこは普通早い者勝ちだろうが。今からでも考え直せ。許すから。

 一瞬で二十本は食べられると思っていた木乃は、静にそんなテレパシーを送りました。

「あ、まだ職員室に三百本くらいあるわよ。重くて持ってこられなかっただけで」

 この瞬間、木乃の茶子先生に対する好感度は爆上げストップ高です。

 一生、この先生について行こうと思いました。訂正、数日くらいは。もとい、数時間なら。いや、食べ終わるまでの間は。

 

 

 もぐもぐもぐ。

 美味しいもぐもぐ団子をもぐもぐ食べながら、もぐもぐすぐやる部はもぐもぐキャンプの計画をもぐもぐ、立てもぐもぐていきますもぐもぐ。

 木乃は、さらにエリアスもかなり食べますので、次々に追加がやってきます。

 持ってくる男の人は、新任教師の佐藤さんと言っていました。学園に、こんな人いましたっけね? まあ、気にしたら負けですね。

 団子だけでは喉が渇くので、美味しい緑茶も用意されましたよ気が利いてる。

 この先、部員達はひたすら食べていますので、食べる描写はもう必要ないかと思われます。木乃は、呼吸の合間は常に食べていると思ってください。

「さて、キャンプの計画だが」

 静が黒板の前に立って仕切ります。反論する人はいません。犬山は睨んでいますが。

「まずはいつ、どれくらいの日数で行くかだが――」

「来週の天気がいいとき! 二泊三日で!」

 茶子先生、さっき全然計画立てていないと言ったじゃないですかー!

 部員達は思いましたが、反対しても無駄なのでしません。静だけが、必要に迫られて訊ねます。

「なるほど。確かに天気がいい日がいいですね。そして三日間とすると、週末ですか?」

「オゥノーノー! ウィークデイに決まってんじゃん! 週末は、道もキャンプ場も混むでしょ?」

「しかし授業があり――」

「授業と部活動どっちが大切かっ?」

 茶子先生が食い気味で叫びました。授業ですよね。授業です。

「では、先生の許可が出たということで」

 静は無駄な争いをしない人です。黒板に、『キャンプ計画。期日・来週の天気が良い平日に。二泊三日で』と書きました。とても綺麗な字でした。

「次は、どこへ行くかで――」

「富士山が見えるところ! 富士山! 日本一の山! マウント・フージー!」

「では、富士山が見えるところとして――」

「だからここね!」

 茶子先生が、懐から紙を出して配りました。

 部員達が、どれどれと紙を見ました。

 それは、富士山が見えるキャンプ場のウェブページをプリントアウトしたものでした。

 名前は――、『ぱらぱらキャンプ場』。

 富士山の西側に、『朝霧高原』と呼ばれる広々とした高原地帯があるのですが、そこに位置しているキャンプ場です。

 広大な草地の好きなところにテントを張れるキャンプ場でした。そびえる富士山が目の前に望める、素敵なロケーションです。キャンプファンの間には超有名で、GWとかお盆とかには、凄まじい量のテントが張られる場所でもあります。

 なにも考えていないという茶子先生、準備がよすぎです。どうして、ここを選んだんですかね? 何かの影響ですかね? 

 静は、紙を見ながらうんうんと頷いて、

「素晴らしいチョイスだと思います。平地であればテントも張りやすいでしょう。広いこともあり、スペースもたっぷり使えそうです」

 そう褒めてから、

「ここは有料キャンプ場ですが、お支払いは?」

 肝心なことを訊ねました。無料のキャンプ場もあるのですが、ここは有料です。

「もちろん、部活動なんだから部費から出すわよーん!」

「ありがとうございます」

 問題解決。

なお、部費がどうなっているか――、学校からいくら下りていて、どうやって使われているかなど、部員は誰も知りません。世の中には、知らない方がいいこともある。

「行く日が決まったら、予約もしておくからねー」

 茶子先生が行って、静が訊ねます。

「では、どうやってそこまで行きましょうか? 先生に、車を出してもらえますか?」

 今みんながいるこの学園は、神奈川県の横浜市。だいたい、東京の中心から南に三十キロくらい離れた位置。

 静岡県と山梨県の県境に位置するキャンプ場までは、西へ、直線距離でも百キロメートルはあります。

 空でも飛ばない限り、標高三七七六メートルという日本一の高さでそびえる富士山を突っ切ることはできません。移動距離としては、百キロメートル以上になるでしょう。

「それについては、考えた」 

 プランは全然なかったとか言いながら、こちらも案があるようです。突拍子もないものでないことを願うばかりですが。

 静をはじめとした部員達が見守る中で、茶子先生は、

「まず、沙羅ちゃんとエリアス君、二人は私の運転で行きも帰りも乗せてくから心配ナッシング。沙羅ちゃんは、寮母さんに話を伝えて外泊許可証を取っておいて。エリアス君は、保護者の承諾書をちょうだいね」

「分かりました」

「はい」

 沙羅とエリアスが、しっかりと頷きました。

 エリアスに至っては、先ほどからずっとメモまで取っています。この部活で、ちゃんとメモを取る人は彼くらいでしょう。

「そして上級生組の三人は、今回は自分達の力で行ってもらいましょう! つまり、現地集合の現地解散。テントと寝袋と着替え――、自分達の必要最低限のキャンプ用品も一緒に運ぶこと。今回の部活動は、〝自分一人で長距離移動する練習〟も兼ねてるからね。どんな方法でも構わないけど、プランとタイムスケジュールを私に提出しておくこと。初日は、遅くてもだいたい十六時までに現地に到着すること。どうしても遅れる場合は連絡ね。最終日は向こうを九時に出て、夕方までに帰ってくること」

 まるで教師のようにスラスラと語る茶子先生に――、

 真面目だ……。超真面目だ……。

 部員の全員が思いました。茶子先生、何か悪い物でも食べたのかと、心の底から心配しました。まさかこの団子っ!

「大変に素晴らしいと思います。私は問題なく可能です。お二人は?」

 静が犬山と木乃に聞いて、

「簡単です」

 犬山は即答。

「ふががふぐもぐむ、むむぐがむががぐ」

 みたらし団子で口内が満たされていた木乃は、そんな含みのある言葉を返して、首は縦に振りました。

「では、集合解散はそのようにするとして――、キャンプですと、テントや寝袋をはじめとしたいろいろな道具が必要です。先生、そのあたりは?」

 静はもう、茶子先生のプランを聞く方へと自然にシフトしました。この先生、絶対に計画をバッチリと立てているに違いありません。

「それねー、ノープランなんだけどさ――」

 おっと、そこは本当に何も考えていないのか?

「私と沙羅ちゃん用のやや大きめのテント、エリアス君専用のテント、三人分の冬用の寝袋とマットは部費で購入した。それ以外の道具――、炊事用品、お皿やカップ、机やイス、焚き火台なんかも、私の知人が貸してくれるから手配済み」

 こういうのをノープランと言うのは、間違っていると思います。

「素晴らしいです。食事に関しては? キャンプと言えば、アウトドア料理ですが」

 それな。

 きらり。木乃の目が光りました。団子を食べながら。

 茶子先生が答えます。

「食材は、部費で全部用意してあげる。そして上級生組三人には、部活動の一環として、最低でも一品、皆に振る舞える料理を作ってもらうわよ! 出発当日朝までに、必要な材料と分量を頂戴。ワイルドで野性的な野外料理をお願いするわ!」

 ワイルドと野性的は同じことでは? それはそうと、

 ギラリ。

 団子をほおばっていた木乃の目が、さらに怪しく光りました。

 自分で作るとはいえ――、素材無制限ですと?

 むふっ、ぬふぬふふふふ。ははははははは。あーはっはははははははっ!

 木乃、高笑い。心の中で超高笑い。

「だから三人は、さっきも言ったけど自分達用のテントと、寝袋と、マットを各々方で準備よろしく。それと防寒具、着替え、みんなで楽しめる遊び道具があれば持ってきて」

「大変素晴らしいですね。――二人とも、できるかな?」

 静が犬山と木乃に訊ねて、

「問題ありません」

 静の発言は、どんなものでも挑戦と攻撃だと思う犬山は即答。コイツに〝できない〟などとは言わぬ。

「もぐむごむむむぬ、むがぐがぐぐぐ」

 みたらし団子で口内が満たされていた木乃は、そんな[含蓄{がんちく}]のある言葉を返しつつ、首は縦に振りました。

「みんなでキャンプ!」

 嬉しくなって、子犬が吠えたような可愛い声を出したのは沙羅。

 彼女は昔から、[天涯{てんがい}][孤{こ}][独{どく}]の身として厳しい生活を重ねてきましたから、ドキドキワクワクが止まらないのでしょう。

「とっても楽しみでなりません! 私、キャンプをしたことがないです! してみたいと思っていたんです! るるら~♪ 全ての山に登りましょう~♪」

 ピュアな気持ちと澄んだ声が理科室を包んで、

「むぐぐむごむむむ」

 隣で木乃は、頰を団子で膨らませながら、満足そうに言いつつ頷きました。またも、感動的ないいセリフを発しました。さすがは主人公です。

「あのう――、僕も、とてもとても楽しみですが、キャンプを一度もやったことがなくても大丈夫でしょうか?」

 とても心配そうに聞いたのは、もちろんエリアス。沙羅とは実に対照的です。でも、事前に訊ねるというのは、慎重であるということ。決してダメではありません。

 茶子先生が、質問に答えます。

「もちろん大丈夫! バッチ来い! 私に任せて大船に乗りなさい!」

 その堂々たる返事に、茶子先生はさぞかしキャンプ慣れしているのだろうと、エリアスは目を輝かせました。

「まあ、私も一度もやった記憶がないんだけどね」

 エリアスの目が、一瞬で曇りました。泥船じゃん。

「でも、ここにいる先輩三人は、キャンプのプロでしょ? 違う?」

 茶子先生とエリアスと沙羅の視線を受けながら、まずは静が答えます。

「プロと言えるかは分かりませんが、修行のための単独山ごもりでしたら、冬山も含めて何度も経験はあります」

 そして犬山が、静への対抗意識[剥{む}]き出しで答えます。

「欧州ではアウトドアアクティビティが盛んですので、幼い頃から何度でも。頼ってください」

 最後に木乃が、もぐもぐごっくん、団子を飲み込んでから答えます。

「幼い頃から実家の北海道で、おばあちゃんとよく裏山に泊まりに行きました。キャンプって、五十キログラムの[背嚢{はいのう}]を背負って、自動小銃と予備弾薬を持って、敵に見つからないように一週間以上無補給で過ごすってアレですよね? お腹が空いたら、そのへんにいるエゾシカを撃ち殺して食べる」

 まあ、だいたいあってます。

 死ぬ程頼りになるビッグシップな三人の先輩の存在を知って、

「安心しました! 僕もとても楽しみです!」

 エリアスは何度も頷きました。

「よーし、では上級生お三方! キャンプでの楽しみ方を私と沙羅ちゃんとエリアス君に教える! それが部活動!」

 茶子先生がそう言って、この日はお開きになりました。

 団子は、全て食い尽くされました。

 机の上には、家が建ちそうなくらいの串が残されました。

 

   次回に続く(3月3日 配信予定)

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