第一章 「すぐキャン」 第一章 – 2

 団子の直後の夕食の後、ガッツリ食いまくって寮の自室に戻ってきた木乃は、

「むう、さあて、どうしたもんだべか……」

 方言丸出しで悩みました。エルメスが、

「何? コンビニに何を買い食いに行くか? アイス? ポテチ? 菓子パン?」

「部活動のキャンプのこと! どうしたらそんな結論になるのかね?」

「え? 木乃だから」

「わたしをなんだと思ってる?」

「え? 木乃だと」

 それはさておき、木乃は考えました。

 テントとか寝袋とかマットとかその他の野営必要アイテムは、確か北海道の実家にあったはずです。おばあちゃんとの〝軍事訓練〟に使ったヤツが。それを送ってもらえば、問題はないと思います。

「モノはいいとして……」

「問題は、行く方法だね。木乃」

「それよ。さっきのプリントにあったけど、電車を[幾{いく}]つも乗り[継{つ}]いだ最寄りの駅から、さらにバスに徒歩と、けっこう時間と手間がかかる」

「面倒だねえ。ましてや荷物を抱えてだと」

「まったく、先生が乗せていってくれればいいのに」

「そこはそれ。少しは部活動らしいコトをしなくちゃね」

「部活動らしいこと……。そうか! ハイジャックすればいいのか!」

「どうしてそうなる?」

「茶子先生は沙羅ちゃんを迎えに来るわけだから、寮の前で[覆面{ふくめん}]して待っていてさ――、ドアが開いた瞬間に〝ハーイ、ジャック!〟って言えば問題なし」

「ありすぎるよ。素直に自分の力で行こうよ」

「どうやって? エルメスが変形してバイクになってくれるの?」

「それは、魔物封印のために謎の美少女ガンファイターライダー・キノに変身したときだけ。[公{こう}][私{し}][混同{こんどう}]はしないよ。女神様の名にかけて」

「じゃあ無理じゃん!」

 木乃が天井を見ながら吠えて、エルメスが助け船を出します。

「記憶が確かなら、木乃は夏休みに、普通自動二輪の運転免許を取得したよね?」

 十六歳から取れる、排気量四百ccのバイクまでが乗れる免許です。詳しくは後述。

「あ、そうだ、忘れてた。だって、免許証の写真がすっごく変なんだもん。忘れたい過去」

「うん、思い出せ」

「えっと、なんの話?」

「免許! せっかく国が許可してくれているんだから、バイクで行けば?」

「なるほどー。だけど――」

「だけど?」

「わたしにはバイクがない。ドケチのエルメスは変形もしてくれない。心はいつも半開き」

 もしも、バイクが、買えたなら。

「公私混同禁止。だから、そこを考えるんだよ」

「わたしにバイクを買えるようなお金はない」

「知ってる。お小遣いがほぼ全部買い食いに消えるからね。でも、買うのは無理にしても、最近はレンタルバイクってあるでしょ?」

 エルメスの提案に、木乃はゆっくりと伸びをしながら答えます。

「ああ、レンタルかー。調べてみっか」

 

 

 さて次の日、水曜日のこと。

 朝からザーザー降りのこの日、木乃は昼休みに、寮の玄関口にある公衆電話を使い、実家のおばあちゃんに電話をかけました。普段のやりとりは手紙がメインですが、今回だけはちょいと急ぎですので。

 木乃は、この後に及んでも携帯電話を持っていません。この学園でテレホンカードをまだ持っているのは、木乃くらいのものですね。クラスメイトに、

「それは一体何?」

 って聞かれました。

 ちなみに、自分からかけてそのまま話すと度数がバシバシ減っていくので、おばあちゃんに電話を一度かけて、寮の電話に折り返しかけ直してもらう方法をとります。

 ハローおばあちゃん、かくかくしかじか。

 部活動でのことを説明すると、いつも優しいおばあちゃんは、必要な荷物を送ることを快諾してくれました。

 ただし、なにせ北海道の、さらに自宅庭で12.7ミリクラスの[大口径対物{だいこうけいたいぶつ}][狙{そ}][撃{げき}][銃{じゅう}]の射撃練習(違法です)ができる程の過疎地からの宅配なので、横浜市到着は土曜日になるだろうとのこと。

 それでも今週中なので、ギリで間に合いますね。この問題はクリア。

 もう一つ、かくかくしかじか、木乃はレンタルバイクのことを説明しました。

 すると優しいおばあちゃんは、そのために必要な金額を〝[臨{りん}][時{じ}]お小遣い〟として振り込んでおくとオーケーしてくれました。

 ただし、条件が付きました。

 おばちゃんは、電話で優しく言いました。

『ヘルメットはレンタルではなく、新しく買いなさい、木乃。大切な頭を守る防具ですから、自分だけが使う物を所持し、破損や落下に気をつけて、責任を持って管理しなさい。同時に、いい機会ですので装備品も揃えなさい。具体的には、背中や胸にプロテクターの入ったジャケット、膝と腰に同じくプロテクターが入ったズボン、そして、最低でも[踝{くるぶし}]までを覆いガードしてくれるブーツです。長い間使う物です。ケチらずにいいのを買うんですよ。それらが必要なだけの金額も、振り込んでおきますね』

『おばあちゃん大好き!』

『ところで木乃、今回の私の出番はこれだけですか?』

『はい? なんの話?』

『いえ、何でもありません』

 これだけです。

 

 

 そして木曜日です。

 放課後に最寄りの駅にある銀行ATMに[赴{おもむ}]いた木乃は、

「ぬむほはっ!」

 自分の口座の[残高{ざんだか}][照{しょう}][会{かい}]をして、画面に出た数字を見て変な声を出しました。桁が、桁が違いますよ。

 中古バイクなら買えてしまいそうな、今まで見たことがないような数字が並んで画面に出てきて、

「これだけあれば……、あの店のステーキを……、その店の寿司を……、彼の店のシュークリームを……」

「はいはい、考えることすら[止{や}]めようね、木乃。それはバイクのレンタル代とガソリン代、そして何より、今後長く使うことになる、ヘルメットや装備品代だよ?」

「てやんでい 言われなくても、分かってらいっ!」

「なぜ江戸っ子?」

 こうして、金額的には買えるようになった木乃ですが、

「ねえエルメス、バイクのヘルメットってどこで買えばいいの? ヘルメット屋さん?」

「さて。通販でも買えるんだろうけど、試着したいでしょ?」

「もちろん。被るものと履くものと拳銃のグリップは、試すまでは買えない」

「その例えはどうかと思うけど。とりあえず――」

 そしてエルメスは、喋るストラップという非常識的な存在のくせに、常識的な意見を言うのです。

「茶子先生に聞いてみたら?」

 

 

「まー、なんて前向きな! 素晴らしい! 先生感動した! いたく感動した!」

 金曜日、風が強くてよく晴れた日のこと。

 食後の昼休みに職員室へ行って話しかけた木乃は、ハイテンションな茶子先生にバシバシと両肩を叩かれました。痛い痛い。

「おっし! そういうことなら、今から車で行くか!」

「は? どこへ?」

「ちょいと離れたところにあるバイク用品専門店! そこに行けば、どんな夢も、叶うというよー!」

 叶うかどうか、それはさておき、

「車で連れて行ってくれるのは大変に嬉しいんですが……、先生……、午後の授業は?」

「え? 自習」

 

 とまあこういう理由で、黒島茶子先生の五時間目と六時間目の授業は自習になりました。

 木乃は茶子先生の運転するホンダ・オデッセイで、二十キロメートル離れた場所にある、巨大なバイク用品店に赴きました。

 なぜかは知りませんが、静と犬山も一緒です。茶子先生が、誘拐さながらに引っ張ってきました。

 バイク用品専門店は、ちょっとしたデパートのように広いお店でした。木乃は、ヘルメットを探しました。自分に似合う、そして試着してちょうどいいものを求めて。

 あまりにたくさん並んでいるのでしばし悩みましたが、結果的には欲しいものが買えて、ホクホク顔でした。

 同時に買ったのは――、

 まず、バイク用のジャケット。こちらもいろいろ悩みましたが、

「ねえねえ木乃さん、これいいわよコレ!」

 茶子先生が笑顔で持ってきたのは、〝エアバッグ〟が付いているというシロモノ。

「右胸にCO2ボンベが付いていて、バイクにワイヤー引っかけて、事故とかで吹っ飛ばされたら体の前後と首回りでボーンって膨らむんだって! これにしなさいよこれ! 安全! よし決めた!」

「はあ、エアバッグですか……。今は、凄いハイテクなのがあるんですねえ」

 ババ臭いセリフで感想を述べて、それから試着した木乃です。

「ふむ……」

 ボンベやエアバッグ、プロテクターなどの安全装備のおかげでそれなりに重いのですが、まあ着て着られないことはないですね。

 木乃はタフにできていますし、おばあちゃんと一緒に行う戦闘訓練の装備品の方がまだ重い。ジャケットのデザインも、シックで悪くない。色は黒。

 しかし、

「さてお[幾{いく}]らするのか――、げほぐはっ!」

 木乃は値札を見て、心底ぶったまげました。

 お値段、税込みで六万円以上します。他のジャケットが二~三万円で買えることを考えると、これは相当な高級品。

 高い。正直高い。牛丼が何杯食えるか。ポテチが何袋買えるか。計算機はどこだ。

 しかし、

「か、か……、金ならあるんや!」

 木乃はこれに決めました。

 余談ですが、あとでエルメスに、

「ずいぶん思い切ったねえ」

 そう言われたキノは、

「まあ、いいモノだし。それに――」

「それに?」

「もらった大金を[迂{う}][闊{かつ}]に残すと、それら全部が鯛焼き代に消えそうだったからパーッと使うことにした」

 そう答えて、エルメスを呆れさせています。

 さらに木乃は〝レインウェア上下〟、〝膝にプロテクター入りバイク用ジーパン〟、〝[脛{すね}]までガードするバイク用ブーツ〟、〟バイク用グローブ〟を手に入れました。

 それらはごく一般的な普通のヤツを、普通の値段で買いました。

 そして、完全に冒険の準備が整いました。いっぱしの勇者ですね。全部で、福沢諭吉、あるいは渋沢栄一がサッカーチーム組めるくらい吹っ飛んでいきましたけどね。

「よし、いい買い物をした。おばあちゃんありがとう。茶子先生も、連れてきてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。じゃあ、ばっちり買い物も終わったし、何か甘い物でも食べてから帰ろうか? トーゼン私のおごり!」

「さんせー!」

 木乃が、

「いいですね」

 犬山が、

「ご馳走になります」

 静が言いました。

 この帰り道にソフトクリームを堪能して、すっかりいい気分で車の中で寝ていたらエルメスに叩き起こされて――、

 このあたりの顛末は、『学園キノ⑥巻』に書かれている通りです。

 

 

 さて、日曜日のことです。

 この日は朝から雨降りデイでした。

 気温もグッと下がって、十一月も下旬ですので、〝冬遠からじ〟という雰囲気です。

 午前中も半ばを過ぎた頃、やっと起床した木乃の元へ、茶子先生から連絡がありました。

 何度も書きますがこの期に及んでも携帯電話を持っていない木乃ですので、寮へと電話がかかってきての、伝言です。

 それによると、

『明・即・出!』

 たった三文字。

 シンプルですね。もちろんすぐやる部のキャンプ旅行のことで、明日から行くのだと木乃は分かりますが、寮母さんは何かと思ったことでしょう。

 木乃が寮の新聞を読むと、確かに明日から、全国的に三日間、綺麗に晴れの予報でした。さては茶子先生、気象庁に金を送ったな。あるいは天気をコントロールできる人を雇ったか。できることはまだあるかい。

 ただし、晴れるおかげで気温はグッと低くなる、なんて書いてあります。

 しかも、キャンプ場があるのは高原地帯。

標高は、実に八百メートルほどある場所。一般的に、標高が百メートル上がると、気温は〇・六度下がると言われています(余談ですが風速一メートル/秒ごとに、体感気温は一度下がります)。

「ふっ、そうか……、寒いのか」

 おっと木乃が、大胆不敵な笑みを作りました。

「ならば――、鍋だな!」

 

 次回に続く(3月6日 配信予定)

   【その他「IIV」の作品はこちら】