第二章 「木乃の旅」 第二章 – 2

 こうして出発した木乃ですが――、

 エルメスナビの指示通り、まず学園の寮がある横浜某所から、空いている道を南下して鎌倉の海沿いへ。

 そして西へと転進。

 湘南海岸沿いを、つまりは国道134号線を走り続けました。

「海のすぐ脇! 気持ちいいー!」

 木乃が声を上げたこの辺りは〝[七{しち}][里{り}][ヶ{が}][浜{はま}]〟と呼ばれる海岸です。サーファーが多い場所です。前方には[名{めい}][勝{しょう}]・[江ノ{えの}][島{しま}]も見えてきました。

 右側を併走する緑の電車は、有名な〝江ノ電〟です。

 車の流れに乗って走っていると、おっと、有名な踏み切りが見えてきましたよ。某国民的人気高校生バスケアニメでOPに使われたことから、海外の(特に台湾での)人気が猛烈に高く、すっかり観光地になってしまっている踏み切りが。

 天気がいい今朝も、たくさんの観光客がいます。ウェディングドレスとタキシードで記念撮影をしているカップルも。お幸せに。

「しばらくはこの道を真っ直ぐね。今は片側一車線だけど、この先、江ノ島の入口を超えたら二車線になるから、左車線を時速六十キロで走っていればオッケー。同一車線から強引に抜かれる危険を避けたいから、堂々と車線の中央をね」

「りょうかーい」

 エルメスナビ、道案内のみならず、走行時の注意事項まで告げてくれます。メチャクチャ優秀ですね。

 

 

「まだ真っ直ぐだよ。眠らないでね、木乃」

「寝たらエルメスが運転代わってくれるシステムは?」

「ない」

 木乃は江ノ島を横切って、二車線になった国道134号線を、時速六十キロメートルをキープで、淡々と進みました。

 海沿いの道ですが、[砂{さ}][防{ぼう}][林{りん}]であまり海は見えません。ただ、途中、サザンオールスターズで有名な[茅ヶ{ちが}][崎{さき}]の海岸沿いと、[相模{さがみ}]川の大きな橋を渡るときは海が見えます。よそ見、注意。

 さらに隣町の[平塚{ひらつか}]まで走ってきて、赤になった信号で止まったとき、エルメスが下から木乃に訊ねます。

「ライディングの調子はどう? 木乃は、ちゃんと公道を走るのって初めてだよね?」

 謎の美少女ガンファイターライダー・キノとしては先日走りましたが、アレは例外としましょう。だって転んでも死なないような頑丈な身で走る訳だし。チートだし。

 木乃は真剣に考えて、答えます。

「うん。大丈夫かな。しっかり適度に緊張しているから」

「オッケー。じゃあ、このまま予定通り行こう」

「了解。――って、もしダメだったらどうするつもりだったの?」

 木乃、聞かずにはいられません。エルメスが答えます。

「この場所なら、レンタルバイクショップの系列店が近くにあるから、そこにサクッと返却しちゃって、その先は電車でGO。まだ間に合う」

「そこまで考えておったのか……」

 エルメスナビ、メッチャ優秀。

 そして信号は青に変わりました。木乃はアクセルを開けました。

 平塚市を過ぎると、湘南海岸沿いの道は〝[西{せい}][湘{しょう}]バイパス〟という有料道路になってしまいます。

 これは相模湾ギリギリを、本当に波打ち際の上を通るバイパスです。左側にはずっと海が見えていて、晴れた日は最高に気持ちがいいのですが、台風が来ると通行止めになったり、最悪の場合は道路が波でぶっ壊されたりするというワイルドなロードです。

「まあ、あっしには関係のないこって」

 そこは通行できない木乃は、[大磯{おおいそ}]から内陸部に入って、そのまま繋がるように天下の国道1号線(一般道)へ。

 かつての東海道の[松並{まつなみ}][木{き}]が残る道を進み、大磯や[二宮{にのみや}]といった、神奈川県西部の町を通り抜けて行きます。正月の箱根駅伝にも使われるルートですね。

 やがて、二宮駅を超えて坂を下りて、

「木乃。次の信号を、右だよ」

「エルメス、右ってどっちだっけ?」

「左の反対」

「なんと分かりやすい!」

 木乃は〝[押切橋{おしきりばし}]〟の信号を右折しました。

 国道1号線の旅はここまで。ここからは小さな川に沿って、北に向かってノンビリした景色の中を通り抜けていきます。

 県道77号線を、東名高速道路の[橋脚{きょうきゃく}]をくぐってさらに走っていると、山道の右側に、射撃場の看板が見えてきました。

「おっ! エルメス、こんなところに射撃場がある!」

 木乃、射撃場となると興味を持たずにはいられない。なぜなら木乃だから。

「〝神奈川大井射撃場〟だね、木乃。クレー射撃専門の」

 エルメスナビが説明してくれました。

 飛び出す素焼きの円盤をショットガンで撃ち落とすというのがクレー射撃。それが楽しめる場所です(余談ですが、神奈川県にはここともう一箇所、〝神奈川県立伊勢原射撃場〟というのがありまして、こちらではライフル射撃もできます)。

 地元神奈川県の人はもちろん、東京都に射撃場が一つもないので、都心から高速を使ってやってくる人も多い場所です。大井だけに。座布団全部取れ。

 時々、芸能人も見かけますよ。○×さんとか。△□さんとかも。

「なるほど。わたしも撃てる? AA12とかで」

「ダメ」

 木乃は銃刀法違反ガールだから無理です。ちなみにAA12は、フルオート連射が可能なベリーヤバイ散弾銃です。所持許可がそもそも下りません。

 大井射撃場入口を通りこし、東名高速道路を今度は下に見ながら山を越えると、〝大井松田インターチェンジ〟付近へやって来ました。町がよく見えます。

 ここを通るたびに、

「おーい! 松田!」

 と叫ぶとほどよく空気が冷えますので、真夏の暑いときなどに大変にオススメです。

 木乃はエルメスナビに従って、番号が一つ増えた県道78号線を、町中の真っ直ぐな道をゴリゴリと南西に進んでいきます。

 やがて、〝[竜{りゅう}][福{ふく}][寺{じ}]〟の信号を右折。グイグイと登る坂道へ入ります。

 神奈川県西部にある〝[足柄{あしがら}]山〟、そしてその山を超える〝足柄峠〟への道です。ここからは登山です。

「〝まさかり担いだ金太郎〟で有名な足柄峠だよ、木乃」

「と言われても、[道産子{どさんこ}]のわたしには分からんのじゃ」

「峠の途中に、有名なうどん屋さんがある」

「あれかー! TVでやってた!」

「もうすぐオープン時間だから寄れる」

「お主を選んだこの目に狂いはなかったようだな……」

 ここまで一時間以上走ってきていた木乃は、急カーブ&急勾配の山道の途中にあるうどん屋さんで最初の休憩タイム&昼食タイム。

 もちろんうどんをたらふく食った。食わない訳がない。

 たっぷり注文したときに、

「お連れ様は後から?」

 そう聞かれましたが、一人旅です。

 大丈夫。全部食べます。汁一滴残さぬ。

 

 

「食ったぜ。行くぜエルメス」

「はいよー」

 坂道を登り切って足柄峠を越えると、神奈川県から離れて、お隣の静岡県へ入ります。

 県境を自分で越えると、なにかこう、旅をしている感じがありますね。

「うむ。道産子のわたしには[斬新{ざんしん}]じゃ」

 沖縄の人も同じ感想を持ちますよね。

 十一月も終わりのこの時期、足柄山では[紅葉{こうよう}]が見事です。山々が、明るく燃えているようです。横浜市では、色づきもまだなので、さすがは山の上。

「ここは道なりに真っ直ぐね、木乃」

「真っ直ぐってどっちだっけ?」

「右でも左でも後ろでもない方」

「なんと分かりやすい!」

 エルメスナビは、かなり細い道ばかりを走らせます。静岡県の県道365号線で、足柄山を一気に下っていきます。

 おっと、富士山がどーんと見える見晴らしのいい場所がありましたね。設置してある鐘でも鳴らしていきましょうか? カップルじゃないからいいですか。そうですか。

 木乃は休まず走り続けて、

「楽しくていい道だ。くるしゅうないぞ」

「なんで殿様?」

 狭く細い山道を、ひらりひらりとクロスカブを傾けていきます。

 排気量が小さければ、その分車重も軽いわけで、大型バイクにはない軽快な動き。ハンドルを握る木乃は満足げに、自分の――、借りたバイクに話しかけます。

「ふむ、おぬし、できるのう」

「なんでサムライ?」

 小さいバイクの楽しさを、木乃は満喫しましたとさ。

 

 

 山を下りた木乃が到着したのが、静岡県の最東部に位置する〝[小{お}][山{やま}]町〟。

 今回は通りませんが、この小山町のすぐ南に位置するのが、〝[御殿場{ごてんば}]市〟です。

 富士山と箱根の中間に位置する場所です。東名高速道路の御殿場インターがあったり、そのそばに有名なアウトレットモールがあったりするので、知名度はそれなりにある市だと思われます。名前の由来は、徳川家康の御殿がこの場所に造られたからとか(諸説あり)。

 小山町は、御殿場市の北側。はいここ、テストに出ます。

 木乃は、走れない東名高速道路や、トラックがいっぱいで走りたくない国道246号を[跨{また}]ぐと、今度は県道147号線へと入ります。

 向かうは西。目指せ富士山。

 さっき下ったので、今度は登ります。

 笑えるほど傾斜のキツい坂道を、木乃はクロスカブのギアを落としてグイグイと駆け上っていきました。

 さっきの足柄峠もそうでしたが、標高が上がるにつれて気温が低くなっていきます。バイクに乗っているとずっと風を受けているので、気温の変化に敏感になれます。

「木乃、中に一枚着る?」

 エルメスナビが訊ねましたが、

「余裕じゃ」

 寒さに強い木乃は、そのまま進みました。

 急坂の途中、木々が切れて見晴らしがいいところでは、進行方向左側の麓に、サーキット場が見えました。

「ちょっと止まって、左手をご覧ください。あれが〝富士スピードウェイ〟だよ。木乃」

 エルメスのガイドが炸裂しました。

 ガードレールに沿わしてクロスカブを止めて、木乃がその様子を眺めます。幅広の舗装道路がぐるりと回っています。

「なんとなく、名前くらいは知ってる。グルグルできるんだよね」

「そりゃあ、サーキットだからね。サーキットの語源は〝サークル〟だから」

「ならばバイク乗りとしては、一度くらいあそこで豪快に――」

「走ってみたい?」

「流しそうめん大会をしてみたい」

 

 次回に続く(3月13日配信予定)

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