第三章 「すぐやる部、家を建てる」 第三章 – 2

 僅か三分後、

「できた! 私にもできた!」

 喜びの声を上げているのは沙羅です。

 目の前には、どんとそびえるテントがありました。横幅(つまり直径)三メートルほど。高さは一・三メートルほどの、ドーム型テントです。

 黒いドームテント生地の回りを、白くて丸いパイプのようなものが取り囲んでいました。多角形のパイプ構造が、中のテント生地を吊り下げている形です。まるで、宇宙探索の基地のような出で立ちです。

「簡単でしたね」

 木乃が言って、

「とても簡単だ」

 静が言って、

「楽しかったです!」

 テントを張った沙羅が言いました。

 何を隠そうこのテント、ドームの外側の白いパイプのようなものが、フレームなのです。頑丈な生地でできたパイプの中には、空気が入っています。

 さっき木乃が、静が、そして最後は沙羅がグイグイと押したのは、太くて大きな空気入れ。

 ビーチで使う浮き輪のように、あるいはビニールプールのように、空気入れを接続してポンプを何度かやるだけで、空気の力で自然に立ち上がって張ることができる、超々簡単なテントなのでした。

 会社の名前は〝ヘイムプラネット〟。ドイツのメーカーです。大小様々なエアフレームテントを出していますが、この商品は〝ザ・ケイヴ〟。二から三人用です。結構お高いです。九万円以上。

「べ、別に私にだってできたんだからねっ! 沙羅ちゃんに、譲ってあげたんだからねっ!」

 沙羅に活躍の場を奪われた茶子先生、超悔しそう。めっちゃ悔しそう。

「わーい! 中も広い!」

 沙羅が、ジッパーを開けて円形の入口から中を覗きました。

 内部は、茶子先生との二人なら十分過ぎる広さです。そのまま靴を脱いで入りたい気持ちを、沙羅はグッと堪えました。

「次は、僕のをお願いします。できる限り自分でやります! 教えてください」

 さっきまで沙羅の活躍を己のスマホで撮影していたエリアスが、四十センチくらいの袋を持ってきました。

「うむ、[殊{しゅ}][勝{しょう}]な心がけだ」

 茶子先生、アンタが言うな。

 静が言います。

「それはもちろん喜んで。でも、その前に決めなければならない、重要なことがあるね」

 んだな。

 そう言いたげに、木乃も頷きました。

 沙羅とエリアスは首を[傾{かし}]げます。キャンプで重要な、それこそテントを張る前に重要な事とはなんでしょうか。 

「それはね――」

 茶子先生が、ドヤりました(注・ドヤ顔をしました)。

「テントの神に祈りを捧げることよ!」

「違います」

 木乃が容赦なく答えました。どんな神じゃ。

 いや、[八百万{やおよろず}]のゴッズ・アンド・ゴッデセズの住まうこの国ジャパンのこと、いてもおかしくない。神社とかあるに違いない。鳥居はペグでできていて、[本殿{ほんでん}]はテントで。

 静は、答えを木乃に譲ります。

「どこにテントを置いて、どこを調理などのスペースに使うか、どこで[焚{た}]き[火{び}]をするかなど、レイアウトを決めることです。これを最初にすべきです」

 ほうほう、と感心した一年生コンビと、

「それを言いたかったのよー!」

 んなわけない茶子先生です。

 エリアスはまたメモ帳を取り出して書き書き。真面目ですねこの子は。

 静が、周囲を見渡しながら言います。

「今回はとても広いエリアを使える。だから、自由に配置を考えてみよう」

 

 

 テントサイトは、どこにでも早い者勝ちで設置していい〝フリーサイト〟と、割り振られた場所が決まっている〝区画サイト〟があります。つまりは[分{ぶん}][譲{じょう}][地{ち}]みたいに。

 後者では、どうしてもレイアウトの自由度は少なくなります。

 隣に別のキャンパーさんがいたら、その人が張っているテントのすぐ脇に自分のテントは気まずいとか、火の粉が飛ぶので焚き火などは置けないとか、いろいろな制約が。基本的には早い者勝ちですが、お隣さんとは話し合って譲り合いましょう。

 今回はフリーサイトで、しかもとっても広いので、もう全てが自由。つまりフリーダム。

 なにせ、現状では、周囲百メートル以内には他のテントが一つもありませんからね。広いは正義ですよ。正義は広いのです。

「じゃあ……、どんなレイアウトがいいんでしょうか? そして、どんな理由で決めていけばいいんでしょうか?」

 おっと、真面目な沙羅がいい質問をしました。

 教師役の静が答えます。

「最初に決めるべきことは二つ。一つは、快適で安全なテントの位置だね。水はけが悪い、急斜面、岩がゴツゴツしている、崖の下、川や海に近すぎる――、それらの場所は避けたいよね」

「はい」「はい」 

 キャンプ場が必ずしも、平らで水はけのいい場所ばかりとは限りません。酷い場所だと、大雨で巨大な水溜まり状態になることも。

 小さな二人の生徒へと、授業は続きます。

「とはいえ今回は、地面はほぼ平らで、大きな石も転がってない、いいコンディションだ。ならば、テントの一番大きな開口部である出入り口、そこから何が見えるか、何を見たいかで選ぶのがいいね」

 静は、静かにそびえる富士山を指さしました。

「このキャンプ場だったら、テントの中から富士山が見えるのは気持ちがいいよね」

 二人が[頷]{うなず}きました。

「じゃあ、出入り口を[揃{そろ}]って東に向けよう。今回はみんなでキャンプだ。テントの数が多いから、そこも考えなくてはいけないね。決してくっつけすぎる必要はないが、離れすぎるのも寂しい。前のテントの屋根しか見えないような配置も、できるだけ避けよう」

 ふむふむ。エリアスはメモを取っていきます。

「そしてもう一つ、決めたいのが――」

 決めたいのが? 二人が視線で[相槌{あいづち}]を打ちました。

「みんなで集うリビングやダイニング、キッチンの配置だ。焚き火を囲んでノンビリするスペース、テーブルでご飯を食べるスペース、調理をするスペース、荷物を置くスペースなどだ。過ごしやすいだけでなく、動くルート、つまり動線も考えて使いやすくする」

「なるほどです! まるで家を建てるときみたいですね!」

 沙羅が言って、静もにっこり。

「そうだね。キャンプでのレイアウトは、毎回毎回、その土地に〝理想の家〟を建てるような楽しさがあるね」

「はい! ワクワクします!」

「さて、どんなレイアウトにするかだが――、木乃さん、アイデアはあるかい?」

「はい! いいアイデアが一つあります!」

「ほう、どんな?」

「今回は先輩にお任せするという名案です! よろしくお願いします!」

 木乃、さっさと責任放棄。笑顔で言い切ると、クロスカブから、自分の荷物を下ろし始めました。

 小声でエルメスが、

「協力しないの? こういうの好きそうだけど」

 そして木乃が返します。

「好きだけど、わたしが考えると、どうしても、〝全周囲の警戒ができるか〟とか、〝敵から発見されにくいように〟とか、〝射線と脱出経路の確保〟とか考えちゃうから駄目」

「あ、納得」

 

 

 さてレイアウトですが、

「では、任された」

 今回は、静が決めることにしました。正直、時間がないですから。

 十五時半も過ぎて、太陽はそうとう低くなりました。そろそろ日暮れも始まります。この地は西側にかなり高い山が、[屏{びょう}][風{ぶ}]のように[聳{そび}]えているので、暮れ始めたら[一気{いっき}][呵{か}][成{せい}]ですし。

 本当を言うと、この時間には全てを配置し終えてないと駄目なくらいです。〝キャンプでは、日暮れ前に全て準備を終えておく〟、が合い言葉。早め早めに行きましょう。

「茶子先生、お車の鍵をお借りしてもいいでしょうか?」

「入ってるー」

 まず二台の車と一台のバイクは、すぐに道に出られる場所に並べました。

 車で来た場合のフリーサイトの注意点ですが――、車両の前後には、絶対にテントを設置しないようにしましょう。

 理由は簡単。車を移動させるときに間違って急発進しても、テントを[轢{ひ}]いて潰さないためです。そんなアホなと思うかもしれませんが、人間はミスをしでかす生き物。可能な限り注意はしましょう。

 今回みたいに広さに余裕がある場合、荷物を全部下ろした後の車は、少し離した方がいいのです。また積むときに少し動かせばいいだけですし。

 車を動かし終えた静が、戻ってきて言います。

「では、テントは――、今夜の寝室はこの辺りにしよう」

 今回は道と車から一番離れた場所に、富士山に出入り口を向けて、テントを横並びに設置することにしました。

 その脇がリビングとダイニングのスペースで、その向こう、一番水道に近い場所にキッチンスペース。

「木乃さん、タープを手伝ってくれるかい?」

「はいな」

 静と木乃は、茶子先生が持ってきたタープを張ることにしました。

 これは要するに、布製の屋根です。雨や、強い日差しを防ぎます。なくてもキャンプはできますが、あると大変に楽ができます。

 今回はこの下にテーブルやイスを置いて、メインのダイニングにしましょう。

 沙羅とエリアスが見ている前で、静と木乃は協力プレイを始めます。

 まず、縦横五メートルはある六角形の布を、張りたい場所に広げて置きます。タープにはいろいろな形がありますが、これは[六角形{ヘキサゴン}]なので、ヘキサタープと呼ばれます。

 さて、この六角形が屋根になるのですが、真っ平らな場所にどうやって、布を張ればいいのでしょう?

 沙羅とエリアスが、脳内に〝?〟を浮かべながら見ていると、木乃と静の二人が[模{も}][範{はん}][解{かい}][答{とう}]を見せてくれます。

 木乃が、連結した長いポール(三メートルくらい)をタープの端の穴に刺して、ぐいっと持ち上げました。その端にはロープが二本、付いています。

 静はそのロープを、上から見たら四十五度の角度で地面へと下ろして、そこで〝ペグ〟と呼ばれる杭を打ち込んで固定しました(この行為を、〝ペグダウン〟といいます)。

 垂直ではなく、少し外側に傾いたポールと、九十度に開かれたロープ二本が三角形を空中に描いて力を掛け合えば、もう手を離しても大丈夫。

 タープの反対側も同じようにポールとロープで固定して、残りの四角は、ロープだけでペグダウン。

 ロープには長さを変えられる金具が付いているので、バランスを取りながら張りを調整すれば、馬の[鞍{くら}]のように綺麗なカーブを描く六角形の屋根が、できあがりました。

「おおー!」

「できた!」

 ぱちぱちぱちぱち。

 手際の良い先輩二人の早業に、見ていた沙羅とエリアスから、拍手が湧きました。

「ふっ……、私が教えることは、もう何もないようね」

 ブルーシートの上でひっくり返っていた茶子先生が言いました。確かに何もないです。

 なぜなら、茶子先生が教えられるキャンプ知識が、そもそも何もないからです。

「張ったロープに足を引っかけてしまうことがよくある。注意して欲しい」

 最後に静がそんな[注{ちゅう}][意{い}][喚{かん}][起{き}]。

 ロープすっころびは、キャンプあるあるネタです。

 皆さん注意してください。特に夜。あと酔っ払い。

 

 次回に続く(3月24日配信予定)

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