第三章 「すぐやる部、家を建てる」 第三章 – 4

 寝室の設営が終わったので、木乃達はリビングとダイニングを作りはじめました。

 今度はテントと違い、物を配置していくだけなので、それほど難しくありません。

「炊事道具は、そこにお願いするよ」

「じゃあ、テーブルとイスはここに」

 静や木乃が的確な指示を飛ばし、

「はい!」

「了解ですっ!」

 後輩達が楽しそうにテキパキと働き、

「うむ」

 茶子先生がブルーシートの上で[胡座{あぐら}]に座り、腕を組んで見守りました。いや手伝えよ。

「先生どいてください」

「おっと」

 タープの下がダイニングですので、高さのある折りたたみテーブルとイスを配置しました。ちょっと狭いですが、長方形のテーブルです。両端も含めれば六人がしっかりと屋根の下に座れますね。

「では、次はキッチンを作ろう。木乃さん、そちらの大きな袋を」

「ガッテンです」

 ダイニングから少し離れた位置に、立ったまま作業できる調理用の背の高いテーブルを組み立てて設置しました。

 これは、〝コールマン〟社製の〝オールインワンキッチンテーブル〟という商品。その上に、まな板やナイフやハサミ、フライパンや鍋などの調理道具も並べます。

 このキッチンテーブルには、テーブルの脇に、ガスボンベ式のツーバーナー(二口のコンロ)を置くフレームが付いています。

 そのフレームの上に、同じ会社の、〝パワーハウスLPツーバーナーストーブⅡ〟という製品を置きます。

 工具箱のような金属の蓋を開くと、それがバーナーに。色は赤。

 プロパンガスボンベを二つぶら下げたバーナーが、フレームの中に綺麗に収まりました。

 作業用のテーブルとバーナーが、ほとんど同じ高さで一体化したわけで、キッチン作業が大変に楽になります。

「さて、火は付くかなっと」

 点火も簡単。つまみを捻ってガスを出して、ボタンを押してカチンとな。

 二つのバーナーでボワッと火が付いて、木乃の瞳に炎が揺らめきました。

「はいオッケー」

 木乃はすぐに消しました。ガスがもったいない。

「では、水タンクをここに置こう」

 静が、折りたたみ式の台を広げながら言いました。

 このキャンプ場の水道は、あちこちに点在しています。流し台だけが、ぽつんと草原においてある[様{さま}]はなかなか面白い光景です。

 おかげで、テントからあまり遠くないのですが、それでもいちいち水を取りに行くのは面倒ですよね。

 なので、二十リットルは入る蛇口付きのタンクを満水にして、キッチン脇の台に置いておきました。これは重いので、静がやりました。

「[焚{たき}][火{び}][台{だい}]を置こう。その茶色の袋だ」

「僕達がやります!」

「やりまーす!」

 このキャンプ場は[直{じか}][火{び}](注・地面の上でそのまま焚き火すること)が禁止です。

 直火禁止の場所はかなり多く、いいえ、できる場所の方が珍しいかもしれません。そういうところでは、焚き火台を使わなければなりません。

 茶子先生の準備に抜かりはなく、ちゃんと用意されていました。〝スノーピーク〟社製の〝焚火台L〟という商品。

 金属製で、ペッタンコで収納してありますが、パカッと開くと[四{し}][角{かく}][錐{すい}]をひっくり返したような台になります。

 沙羅とエリアスで、折りたたみ式の焚き火台を、静が指示した設置しました。

 火の粉の危険を避けるため、焚き火台の位置はタープとは離します(下で火を燃やせる素材のタープもありますよ)。

 また、焚き火台がリビングやテントの風上にならないような配慮も必要ですし、強風の時は、焚き火をやらない勇気も必要でしょう。

 ブリキのバケツに水を汲んで、焚き火台のすぐ脇に置いておくのも忘れません。ただ、これも夜に踏んづけて足をびしょびしょにしやすいので要注意。

 薪は先ほど、茶子先生達が受付で買ってあります。それをドンと、焚き火台の脇にピラミッド積みにしました。

着火剤として、そのへんから針葉樹の枯葉を多めに拾って集めました。これは木乃がお願いすると、沙羅とエリアスが、これでもかっ! ってくらい持ってきてくれました。

 大きめのトングである火バサミや、熱やトゲから手を守る革手袋なども、焚き火台の脇に置いておきましょうか。

 普通の軍手でもいいですが、分厚い革製の手袋は耐熱性能が違いますので、便利ですよ。

「こっちかな……。いや、こっち!」

 沙羅が置き方に[拘{こだわ}]ると、オシャレな空間ができあがりました。とてもインスタ映えします。エリアス、スマホでパシャリ。

 焚き火台の周りには、低めのキャンプイスを設置しました。

 これは、テントの骨組みのようなパイプフレームに布を引っかけるとイスになる、とてもコンパクトにしまえるもの。お尻が沈み込むように座れるので、リラックスできます。最近の流行りです。

 こちらも、茶子先生が用意してくれたので、ちゃんと人数分あります。車だと、装備がたくさん持ってこられていいですね。

 人数分のイスを、四人でテキパキと組み立てました。折りたたまれていたフレームを広げると、あとはナイロン製の布を差し込むだけ。

「先生、こちらをどうぞ」

「ふが?」

 静は気が利く男なので、キャンプイスの一つを茶子先生に提供し、毛布に包まって寝っ転がっているブルーシートの上から退いてもらいました。

 上から物も人もどいたブルーシートは、畳んでオデッセイの中にしまいました。

 カレンダーによると、この日は新月です。

 夜は当然真っ暗になるので、リビングには灯りが必要です。そのためにあるのが、ランタン。

木乃達はタープのポールの先に、ハンガーみたいなぶら下げ金具を取り付けて、LEDライトのランタンをぶら下げました。点灯テストもしました。

 リビングのテーブルの上と、キッチンにも一つずつ配置しました。

 ガスや油のランタン、あるいはロウソクなどの方が明るかったり、火の雰囲気が良かったりするのですが、ここは初心者向けに、簡単なLEDライトを使いましょう。

 これなら、テントの中に持ちこむこともできますし。

 

 

 こうして、すぐやる部がこれから二晩を快適に過ごすための準備が、全て終わりました。

時間は、十六時を迎えようというところ。

 みんなの協力で、どうにか空が暗くなる前に完了しました。

 素晴らしいキャンプレイアウトを見ながら、

「うむ、よくやった!」

 たぶん一番働いていなかった茶子先生が、満足げに言いました。

「できたー!」

「私達の家!」

 エリアスと沙羅も嬉しそう。

 静が、

「みんなお疲れ様。一息つこうか。紅茶をどうぞ」

 いつの間に準備したのか、オシャレなホーロー製のマグカップに、紅茶を人数分入れてくれました。

 背の高い大きなヤカンが、バーナーの上ありました。

 静はヤカンに水をつぎ足して、再び火をつけました。そう、彼は知っているのです。冬のキャンプでは、お湯はいくらあっても困ることはないと。沸かせるときに沸かしておくのがいいと。

 さて、完成したばかりのダイニングに、折りたたみイスに座って、みんなでティータイムです。寒い世界で紅茶の立てる湯気が、皆の顔を優しく包みます。

「いい匂いですね。それに美味しいですね。なんていうお茶ですか?」

 木乃が訊ねました。既に飲んでいました。

「普通のアールグレイだよ。家から茶葉を持ってきた」

 こ、これが普通だと? なんてこった。流石リッチ家庭だぜ……。

 木乃は思いましたが言いません。その代わりおかわりを所望。

 ちなみに、マグカップは同じサイズで同じ形ですが、色が全て違います。

 多人数キャンプでは、カップを間違えないために、あえて同色にしないのがプチテクニック。明日から真似してみてください。

 ノンビリしたティータイムの最中、

「皆さん見てくださいっ! 富士山が赤いですっ!」

 沙羅が綺麗な声を上げました。

 さっきからずっとずっと当たり前のように見えていたので皆が注目しなくなっていた富士山が、いつの間にか赤く染まっていました。西日が照らす斜面が、[赤{しゃく}][銅{どう}][色{いろ}]に輝いているのです。

「〝[赤{あか}][富士{ふじ}]〟だね。綺麗だね」

 静が言って、

「名前は知っていましたけど、初めて見ました!」

 沙羅は大喜び。エリアスはパシャリ。

「うん、これよこれ。みんなに見せたくてさ、富士山には、お茶のタイミングで赤くなるように言っておいたのよね」

 茶子先生、凄い力を持っていますね。

「飛行機雲!」

 沙羅が再び、楽しそうに言いました。

 富士山より高い場所から、澄んだ北側の空の中に、真っ白な飛行機雲がスーッと延びてきます。一本かと思ったら、数秒遅れの時間差で、平行して二本。

「おーい! おーい!」

 沙羅が大きく両手を振りました。

 飛行機に乗っている人から、果たして見えているでしょうか? 見えているといいな。ほうら飛行機のお客さん。ここに、国民的美少女歌手、〝アネッテ・原見(歌唱担当)〟がいますよー。

「綺麗ですねえ」

 沙羅が、

「うん」

 エリアスが、

「素晴らしいね」

 静が、

「なあにこれくらい。いやそんなに褒めないでよ」

 茶子先生が、つまりはすぐやる部の面々が、赤富士と飛行機雲に心を奪われているとき、

「それより、食材はどこですか? 先生」

 木乃は、木乃だけは、大自然や科学の産物ではなく茶子先生を見ていました。心は食べ物。どんな時もブレない。それが木乃です。

「そういえば……」

 静も、さすがに違和感を覚えました。

 全員の食事、それも三日分を作るために用意を頼んだ食材は、かなりの量のはずです。

 でも、見たところ、配置が終わったダイニングにもキッチンにも、クーラーボックスのようなものは置いてありません。

 キャンプ道具を全部出したオデッセイの車内に残るのは、さっき買ったおやつの入った大きな袋だけ。

「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、まさか……」

 木乃が、己の脳裏を駆け巡った恐ろしい考えに、泡を吹いて気絶するかと思いました。

 それは、〝茶子先生が全てを忘れた〟という恐ろしすぎる可能性です。でも、この先生なら有り得ます。かなり有り得ます。

 木乃の脳内で、シミュレーションが炸裂しました。

 さっき通ったキャンプ場受付では、カップラーメンが幾つも売っていましたので、まずそれを手早く[抑{おさ}]える。幾つ? 全部だ。

 そしてそれを食べている間に、[粗{そ}][忽{こつ}]な茶子先生に車を出してもらい、最寄りのコンビニへと迅速に旅立ってもらう。その店にある弁当を買ってもらう。幾つ? 全部だ。

 明日のことはどうする? 今はそんな未来は分からない。今夜だ。今夜の空腹から生き残ることだけを、まずはそれだけを考えるんだ。

「これこれ木乃さん。何をそんな怖い顔で見てるの? 大丈夫、食材はもうすぐ来るわよ」

「もうすぐ……、来る?」

 アレでしょうか? スーパーのデリバリーサービス的な。

 あるいは茶子先生の知り合いが、これらのキャンプ道具を貸してくれた人が直接持ってきてくれるとか。 

「すると、どなたかが、車で?」

 静が訊ねると、

「いいえ。それだと遅いから、空から。まるで、天使からのプレゼントのように」

 茶子先生の答えを聞いて、

「はいぃ?」

 木乃が[素{す}]っ[頓{とん}][狂{きょう}]な声を上げました。

 コイツはダメだ……。早くなんとかしないと……。しかし運転はしてもらおう……。

 木乃が心の奥底で思った、まさにその瞬間でした。

 ごー、とエンジン音が響くと同時に、大型の飛行機が一機、迫ってきていました。北東から南西へと、背後にそびえる山を[掠{かす}]めるかのように。

 突然の[轟音{ごうおん}]に沙羅達が首を傾げる中で、

「むっ、C―2輸送機」

 木乃が機体を識別しました。

 ジェットエンジンが二つついた、ずんぐりとした機体。翼は、胴体の高い位置に付いています。

 胴体長が四十メートルほど。翼幅がそれより少し広いくらい。

 くすんだ灰色の迷彩カラーで、胴体脇には日の丸があります。これぞ、航空自衛隊の新型国産輸送機、C―2。

 輸送機は、キャンプ場の上空三百メートルほどでしょうか、この手のサイズの飛行機としては相当に低い高度を飛んできました。よく見ると、胴体後方のドアが、顎を落とすように開いていますよ。

 そして、その後ろに突然咲いた、パラシュートの花。

 大きな丸いパラシュートが四つ、重なって咲きました。[紫陽花{あじさい}]みたいです。

 パラシュートの下にはロープが垂れ下がり、縦横三メートルはありそうな緑色のコンテナが一つぶら下がっています。今、輸送機が落っことしたものです。

 最初は小さく見えたコンテナは、ふわりふわりと降ってきて、

「うえ?」

 驚く木乃達の目の前へと迫り、

「ホラ来た」

 すぐやる部のキャンプ地の僅か十メートル脇に、

 ずしん。

 少しだけ地面を揺らしながら着地しました。

 

 

 ごー……。

 エンジン音が小さくなっていき、挨拶でしょうか、翼を上下に振った輸送機が、左に舵を切りながら、[茜{あかね}]の空に去りました。

 そのとき木乃は、

「た……、たからばこ、じゃ……」

 コンテナを空けて中を見ていました。脳内に響くは、某RPGの宝箱ゲットのファンファーレ。

 コンテナの中には、あるわあるわ。肉やら野菜やら米やら飲み物やらデザートやら。木乃が頼んだ物は、間違いなく全部ありました。

 肉や乳製品などの要冷蔵品は、たっぷりの保冷剤と共にクーラーボックスに入っています。外の気温も低いですし、しばらくは余裕でしょう。

 食材だけでなく、調理用の大きな鍋とかもありますね。

「とりあえず今日の夕飯と夜食と明日の朝食の分ね。足りなくなったら、発注してまた落としてもらうから」

 サラリと言ってくれますが、自衛隊を顎で使える茶子先生、一体何者なんでしょうね。謎ですね。

「先生!」

 木乃がコンテナから顔を出して、勢いよく振り向きました。感極まった少女の顔から、涙の粒が弾けました。夕暮れ空に煌めきました。

「わたし、先生に一生ついていきます! 明日まではっ!」

 

 次回へ続く(3月31日配信予定)

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