第四章 「すぐやる部、メシを食う」 第四章 – 2

 重要な注意事項を終えて、

「そんではいくよー! レッツファイヤー! 俺の火にあたれえ!」

 右手を突き上げた木乃の目の前には、一辺が四十センチほどの四角い焚き火台と、さっき買ってきた太い薪の束があります。

 木乃は、黄色い革製の手袋を両手にはめました。沙羅達のジャケットと同じグリップスワニー社製の革グローブ。名前の通り、この会社は元々はグローブで有名なのです。

 続いて木乃は、腰のベルトに提げたシースから、ナイフを取り出しました。

 ナイフは、さっき腰に取り付けたものです。普段はもちろん、銃刀法及び軽犯罪法違反なので腰に提げてなんていませんよ。

 え? ポーチの中の銃はどうなのかって? 見なかったことにしてくれ。それが優しさだ。

 銃刀法や軽犯罪法では、意味のない刃物の携帯を固く禁じています。

 しかし、キャンプにはナイフが必要道具なので、キャンプ場へ持っていくのは違法ではありません。意味のあることです。

 でも、その場合は、鞄の一番奥に厳重に密封して入れておきましょう。より完璧を期すのなら、鍵がかかるケースに入れておきましょう。

 さて、木乃が取り出したのは、全長で二十四センチ。刃の長さが十一センチ。小さくもなければ巨大でもないナイフです。〝バックナイフ〟というアメリカの有名メーカーが作った、その名も〝#104 キャンプナイフ〟という商品。

 刃とグリップが一体化した、〝シースナイフ〟と呼ばれるタイプ。刃は結構厚めです。三ミリ以上はあるでしょうか。

 刃を含めた金属部分が赤く塗られているのが、他にはあまりない珍しい特徴。自然の中で目立つためですね。グリップは木製。

 安いものではないですが、猛烈に高い物でもありません。一万五千円くらいでしょうか。

 刃物は、結局は消耗品だから、あまりに高級高額の物を手に入れると、もったいなくて使えなくなるという罠があります。お手頃なお値段、というのも性能の一つ。

 さて木乃は、

「焚き火を上手く着けるにはね、下準備が一番重要。割合で言えば、下準備が八十五%で、残りが二十五%くらい」

 そう言いました。

 言いましたけど、簡単な算数を間違っていますよ。残りは三十二%でしょ?(編集部注・ダメだこの作者)

「ちょっと離れた場所で見ててね」

 木乃はそう言ってからしゃがむと、太い薪を一つ地面に横に置いて土台にしました。その上に立てた太い薪の端に、ナイフの刃を、その中間部分を食い込ませました。

 それから、刃の背中を、別の薪でトントンと叩いて、グイグイと食い込ませていきます。

 ナイフの刃の幅以上を進んだらもう背中を叩けなくなるので、今度は先端部分を叩いて、さらに押し込んでいきます。これを、下まで続けます。

「細くしているんですか? 薪割りですか?」

 沙羅が聞いて、木乃はトントントン、作業を続けながら答えます。

「ご名答。太い木にいきなり火をつけるのは、いろいろと無理があるからね」

 トントントン。

「キャンプ場で売っている薪は、どうしても太い。もちろん太い方が、ジワジワと長く燃えてくれるのでそこはいいんだけど、着火が大変」

 当然ですが、いきなり太い薪に火をつけるのは難しいです。

「だから、まずはとにかく、火付け用の細い薪を作る」

 トントントン。パキン。

 一本が終われば、また次。

 こうして、木乃は太い薪を手早くナイフで裂いて、太さの違う薪を幾本も作り上げました。

 この作業、本当は鉈があれば楽ですが、その分、持っていく道具が大きく重くなります。木乃のようなサバイバリストやバイク乗りは、できれば重いものを持っていきたくありません。

 なので、他の用途にも使える、この程度のサイズのナイフで代用してしまうのです。

 これぞ、〝バトニング〟と呼ばれる、ナイフ薪割りのテクニック。上から棒(バトン)でトントン叩くのが名前の由来。

「でもねー」

 木乃が、決して手元から目をそらさずに言います。ナイフを使うときに、よそ見は厳禁です。

 普段から、必ず人の顔を見て話す習慣がキッチリと付いている人は、重々気をつけてください。コミュニケーションとしては正しくても、作業中はNGな場合があります。

「バトニングするときは、ある程度の大きさがあって、そして頑丈なナイフじゃないと壊れるよ。コンパクトになる折りたたみ式のナイフとか、刃がとても薄い包丁とかでは、絶対にやっちゃダメだからね。〝フルタング〟って呼ばれる、グリップの端までナイフの金属が来ている、そして肉厚のナイフじゃないと。今使っているみたいなヤツね」

 ふむふむフルタング。

 エリアスメモメモ。

 自分がナイフを買うなんて、たぶんずっと先のことでしょうけど、覚えておいて損はない。

「ちなみにだけど、木に〝[節{ふし}]〟――、横に枝が出た後の硬い部分があって、それ以上はナイフが入っていかない場合は、無理に叩くとナイフが傷む。素直に諦めて、別の薪を割った方がいいよ」

 なるほどなるほど。

 エリアスメモメモ。

 二人が見ている前で、

「こんなもんでいいかな」

 木乃はバトニングを終えました。

 三人の目の前には、〝太い薪〟、〝中くらいの太さの薪〟、〝細い薪〟、〝とっても細い薪〟が積み上がりました。必要なアイテム、ゲットです。

 使い終えたナイフを、木乃は汚れをサッと布で拭いてからシースに戻しました。動いたり走ったり逆立ちしたりしても落とさないように、ストラップをパチッと。

「火は、小さく始めて徐々に大きくしていくのが鉄則。〝あの銀行ヤバいんだってさ〟って大したことのない噂話が、預金を下ろそうと人が押し掛けるパニックになるように」

 その例えはどうよ? エルメスが思いましたが黙っていました。

 木乃は焚き火台に、さっき拾ってきてもらった枯葉を、遠慮なくドサッと載せました。どうせタダだし、ここはケチらずにいきましょう。

「枯葉がどうしてもない場合は、紙でもいいけど、燃えたあとで灰が舞うから注意ね。舞わなくてよく燃えて、どこでも手に入りやすいのがポテトチップスだけど、食べる方が好きだからわたしは滅多に使わない。キャンプ用の着火剤があれば、もちろんそれで。当然だけど楽ちんだよ。ただね、着火剤を大量に持ち歩くのは面倒」

 木乃は言いながら、枯葉の上にとっても細い薪をたくさん、その上に細い薪を積み上げました。

 特にキッチリと綺麗に並べたわけでもなく、割と雑です。ただし、空気の通り道ができるように、隙間を適度に設けました。

「そして火種が欲しいぞっと。おおっと、そういやわたし、ライターもマッチも持ってきてなかったわ」

 木乃、下準備大失敗。ここに来て肝心な物がない。

 ポーチの中にある銃のどれかをぶっ放して着火とかも考えましたが、考え直しました。

「すると……、アレですか……、木を擦って摩擦で……」

 エリアスが、真剣だけどどこか楽しそうな顔で言って、

「え? そんな面倒なことはしない」

 木乃は即答しました。

 火打ち石を使う――、ナイフで擦って火花を散らして点火させる、という選択肢もあるのですが、正直めんどくさい。文明の利器が使えるのなら使いましょう。これは訓練ではなくキャンプですので、楽するのもOK。

 木乃は立ち上がると、ノンビリお茶を飲んでいる茶子先生のところに。

「そろそろ来ると思っていたわよ。――お主が欲しいのは、この金のライターか? それとも銀のライターか?」

「普通のをください」

 木乃は、プラスチック製のアウトドア用ライターをゲットしました。

「ちぇ」

 しょうがないから茶子先生、金色のライターをロボットに変形させて遊び始めました。変わるんだ。変わるんだ。

「さて、着火するかー」

 木乃が手に入れたのは、〝SOTO〟社の〝スライドガストーチ〟。

 コンロなどに使われている携帯ガスボンベから液体ガスの補充ができて、着火時に先端が伸ばせる、アウトドア用ライターです。

 この、先端が伸縮可能――、着火場所と手を離せるくせに携帯性もいい、というのが大変に便利で、使っている人の多いライターです。

「着火だ!」

「着火だ!」

 ワクワクしながら見守る二人の前で、木乃はライターの先端に生まれた炎で、枯葉に着火しました。

 実に簡単に火が付きました。枯葉はジワリジワリと燃え広がって、やがてとても細い薪に、そして細い薪に燃え広がっていきます。

 ある程度、炎の成長を待ってから、

「ほいっと」

 木乃は中くらいの太さの薪を、火が具合良く当たる位置に組んで載せました。

「ほわあ」

 沙羅が変な声を出して遠巻きに見守る先で、最初だけうっすらと白い煙を出しながら火は成長し、どんどん太い薪へと燃え広がっていくのです。

「調子よく燃えていたら、特に扇いだり、フーフーしたりしなくてもいいよ。下手にいじって消しちゃう方が怖い。どうしても風を送りたければ、とてもゆったり扇ぐか、それとも細い筒で吹くか」

 パチパチと、小さく[爆{は}]ぜる音が小気味よく聞こえます。小さな火の粉が、蛍のように空へと舞い上がってはフッと消えていきます。

「うん、調子いい。あとは、様子を見つつ太い薪を追加していけばいい。あんまり載せすぎると、火も大きくなりすぎて無駄になるから、そこだけ注意ね。ほいできあがり。お疲れさん」

 木乃が完成宣言を出すと、二人がゆっくりと焚火に近づいてきました。

 安全な距離でしばらく、揺らめく炎を眺めます。その燃える音を、時折爆ぜる音を聞きます。ちょっと手を差し出して、電磁波による[輻射熱{ふくしゃねつ}]で暖かさを感じます。

「見ていると、なんか落ち着きますね。火って」

 沙羅の言葉に、木乃は頷きました。

「まーねー。焼き芋とか作れるし」

「とっても暖かいですね」

 エリアスの言葉に、木乃は頷きました。

「焼きリンゴもいいな」

 

 次回に続く(4月7日配信予定)

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