第四章 「すぐやる部、メシを食う」 第四章 – 3

 十七時も過ぎて、空はだいぶ暗くなりました。焚き火の炎と、ランタンの明かりが、いっそう輝き始めました。これからは俺達の時間だと、頼ってくれていいんだぜと、主張しているかのようです。

 濃い色の空気の中に富士山が、大きなシルエットになってそびえていました。それも、じわじわと空に溶けていくように見えます。やがて、音もなく消えてしまうでしょう。

「さて、メシはどーなった?」

 木乃がキッチンを見ると、静は奮闘していました。

 一人でテキパキと動いているのが見えますが、さすがにまだ、夕食の完成には早いでしょうか。

 ただ、さっきから良い匂いがプンプンしていますので、期待できそうです。あの男なら、なんでもできるに違いない。できなかったら許さぬ。そう、許さぬ。決して許さぬ。

 とはいえ待つ以外やることないので、

「散歩、アーンド、トイレでも行くか」

 ぽつりと呟いた木乃に、

「先輩、私も行きたいです!」

「僕も、いいですか? 場所がよく分かりません」

 後輩二人が連れションを申し出ました。良いでしょう。旅は道連れ世は情け。ご一緒しましょう。

 とはいえ、焚き火やランタンの明かりの外はもうかなり暗く、足元が心配です。

「先生ー! 二人の分のヘッドランプあります?」

 木乃が声をかけると、

「モチのロンよ。私のバッグの、手前のポッケの中。ついでに、使い方も教えておいてくれる?」

 まだ犬山の頭に顎を乗せている茶子先生からそんな返事が。

「了解です。あと、焚き火番をお願いできますか?」

「オッケー!」

 木乃は茶子先生のバッグに手を突っ込んで、二つのヘッドランプを取り出しました。とてもコンパクトなライトと電池部分が、幅三センチほどのゴムバンドについています。〝GENTOS〟という会社の〝CP-095〟という商品。

 ヘッドランプは、読んで字のごとく、頭に、または額に巻くタイプの懐中電灯です。

 ヘッドライトとも呼ばれますが、車両のそれと紛らわしいのでヘッドランプ、と呼ぶことにします。

「はいな。ニューアイテムじゃ」

 二人に渡しましたが、二人とも一度も使ったことがない道具です。説明が必要です。

「まず、頭に巻く。バンドは調整して」

 こうですかね。二人がトライします。

 沙羅はできました。毛糸の帽子の上に装着完了。あら可愛い。

 エリアス君、君のはライトが背中側に向いていますよ。どこを照らすつもりですか?

「おっと」

 修正してバッチリ。

 木乃は、ポケットから出した自分のヘッドランプを、おばあちゃんから送られてきたものを頭に装着しました。

 四角いボディが特徴で、こちらの方が、二人のより少し大きくてゴツいですね。〝ブラックダイヤモンド〟社製の、〝スポット〟と呼ばれる商品。

「ほい、じゃあいろいろせつめー。まず、基本的には頭に巻いて使う物だけど、帽子の形とか巻いていると痛いとかで無理な場合は、首から提げても使えるよ。その場合、上下を逆にすると、角度調整が上手くいく。ただし、首に丈夫なバンドがかかっているわけだから、狭い場所で引っかけて首つりにならないように厳重注意」

 枝葉が[鬱蒼{うっそう}]と茂る森の中や、出っ張りが多い洞窟などでは危ないですね。

 首に提げる使い方は、体の動きがあるときは推奨しません。ここ、とても重要ですよテストに出ますよ。

「さて、使用上の注意事項は二つ。〝お腹が空いても食べない〟ってことと、〝ライトの光を直接人の顔に向けない〟ってこと。喋るときはどうしても人の目を見ちゃうかもしれないけど、頭に付いている以上、光軸が視線と連動しちゃうからね。ビカーってやっちゃって仲間の目が眩んでしばらく何も見えなくなって、その間に敵の攻撃があったら大変なことになる」

「はい、分かりました」

「気をつけます!」

 素直に頷く二人ですが、敵って誰だ? さっきからオマエは、いったい何と戦っているんだ?

「ほんじゃ灯りを付けてみよう。安全な方を向いて、上にあるボタンを一度押す。付いたら角度を調整してお好みの位置に」

 沙羅達が手探りで見つけたボタンを押すと、

 ぴかー。

 薄暗闇を切り裂くLEDの白い光。足元までバッチリ照らしますね。靴が見えるようになりました。

「わあっ」

 首を動かすとそのまま光が動くのがとても面白いです。

「どうだ、明るくなったろう」

 木乃、突然の戦争成金。

 沙羅が、自分の小さな両手を照らしながら、

「両手が使えるって、とてもいいですね」

「じゃろう? 普通の懐中電灯との明確な違いは、そこじゃよ」

 木乃、成金継続中?

「あはは」

 エリアスは楽しそうにキョロキョロして、あちこちに光のビームをビー。あっちにビー。こっちにビー。

「面白いです。かなり明るいんですね」

 そうなんです。最近のLEDランプは、一昔前の豆電球とは比べものにならないくらい明るいんです。

 おまけに基本的に球切れはないし(機械的寿命はある)、消費電力も少ないし、何より小型コンパクトだし。技術の進歩万歳ですよ。

「じゃあ、もう一度ボタンを押してみて」

 言われたとおりにした二人。電気が消えるのかと思いながら押すと、あにはからんや、ライトの明かりが減りました。先ほどよりずっと穏やかな光に。

「弱モードとでも言うかなー。調理中とかさ、手元の作業中には、それほどの灯りは必要ないから、光量を選べるようになっている。それに、こっちの方が当然、電池の保ちがずっといい」

 木乃が説明しました。なるほどなるほどと、二人は手を照らして頷きます。

「もう一度ボタンを押してみて」

 さすがに今度は消えるでしょう。二人がポチッとすると、

「わっ!」

「あっ!」

 そうは問屋は下ろしません。ライトは、赤い光で点灯しました。

 赤い光はとても弱く、足元すらほとんど照らせません。手を照らして、赤くなるのが分かる程度。

「赤くなりましたが、これ、なんのために……?」

 エリアスが聞きました。自分のヘッドランプも赤色モードにしている木乃が、二人の足元をほんわりと照らしながら答えます。

「これはね、暗順応――、つまり、〝暗い所に慣れた目〟を刺激しないため。直接照射されなくても、明るいライトは目にキツいんだよね。例えばだけど、夜中にテントで目が覚めて、オヤツを探すときとか、この赤いモードを使うといいよ」

「なるほど!」×2

「それに、赤いライトの方が、周囲に光が散らないから、一緒に寝ている人を起こさなくてすむし、何より敵に発見されにくくなる」

「なるほど」×2

 だから敵って?

「とまあ、移動のときとかに使う〝強〟と、作業用の〝弱〟、夜間用の〝赤〟。この三つが付いているヘッドランプがお勧め、ってことかな」

 ちなみにですが、強モードを〝スポットライトモード〟、弱モードを〝ワイドモード〟などと称している場合もあります。言葉的には照射範囲の違いですが、得てしてスポットの方が強力です。

「あと、ヘッドランプはどうしても一人一つずつあった方がいいから、最初に買うべきキャンプ道具は、マイライトかな」

「家にいるときでも、停電したときとか、役立ちそうですしね!」

 沙羅が言って、

「だねえ」

 頷いた木乃ですが、停電すると腰のポーチの中に入っている銃で、戦闘用のタクティカルライトが装着されているのを取り出すのであまり本気でそう思っていません。

 ここ最近は、スマートフォンの爆発的普及で、そこに付いている懐中電灯が使えて大変に便利になりました。

 これもう、誰もが常にライトを持ち歩いているようなもので、非常時にはとても有効です。

 一昔前は、ライトがないから腕時計の文字盤を光らせて暗闇の階段を避難したなんてエピソードもあったものですが(注・一九九三年の〝ワールドトレードセンター爆破テロ事件〟。〝タイメックス〟社の腕時計の〟インディグロナイトライト〟と呼ばれた世界初の文字盤発光機能を使った)。 

 そんなスマホ時代でも、両手が自由に使えるヘッドランプの優位性は揺るがないのです。

 例えば災害時、光が必要な度に、命綱になるスマートフォンを出してバッテリーを消費させるのもなんですし、やっぱりヘッドランプは持っていて損な道具ではないと思われます。災害発生時に絶対に役に立ちます。

「あ、あと一つ注意が。電池は単三か単四を使うのが主流だけど――」

 超小型ライトでは、ボタン電池を使うものもあります。

「どっちでもいいんだけど、他のアイテムとは電池を揃えておいたほうがいいよ。例えばLEDランタンとかラジオとかGPSとかね。予備電池を二種類持ち歩かなくて済むから」

 なるほどとメモを取りながら、

「これ、幾らくらいするんでしょうか?」

 エリアスがヘッドランプの値段について質問しました。

「はて……。そんなにしないと思うけど。わたしは自分でアイテムを買ったことがないので、詳しくは分からないんだよねえ」

 すると沙羅、

「ちょっとお待ちください!」

 ライトを消灯して、素早くスマートフォンで調べ物。ちなみに沙羅は、自分で歌って稼いだお金でこのスマートフォン代を払っています。

 十数秒後に、

「出ました! 通販サイトで、千円ちょっとから千五百円、しないくらいです!」

「えっ? もっとするのかと思ってた」

 エリアスが驚いて、木乃は脳内で〝その金額で一番カロリーが高いのは、やはり菓子パンかな?〟と思っていました。

「高いのを捜したら、数千円から一万円するのもあります。もっとするのも! ずいぶん違うんですね。充電式になったり、とても明るかったりするみたいです」

「うんうん。でもね、わたしは最初はこれでいいと思うよ。わたしたちが普通のキャンプで使うんだとしたら十分。最初からいきなり凄くいい装備を買いそろえようとすると、どんだけお金がかかるか分からないからね」

「そうですね。ちなみに、もしライトが高価になると、どんなメリットがあるんですか?」

「そうだねえ。充電式とか、超強力なものとか、あと、センサースイッチで手をかざすだけで点くとか。あと、わたしのこれは、明るさを無段階調整できるし、調整した明るさをキープもできる。一番明るくしたいときは、脇を軽く叩くだけで変更できる」

「ほー」

「へえ」

「要は高くなると、とても多機能になる。あとは、やっぱりタフになるかな。ぶつけても壊れにくくなって、防水性も上がって、水中でもそのまま使えたりね」

 なるほどなるほど。二人が頷きます。

「だからハードな登山とか、洞窟探検とか、あるいは救急隊とか、そんな命がけの状況に限られた装備で突っ込んでいくんだったら、そういうのを選んだ方がいい、ってことかな」

 

 

 ヘッドランプの使い方も分かったので、それをピカッと点灯させて、三人は横に並んで薄暗闇を歩きました。

 目指すはキャンプ場中央にある新築のトイレ。大きい建物ですし、常に灯りが光っているので、目印には事欠きませんね。

 基本的にフラットな草原ですが、時々凸凹があるので油断は禁物です。なあに、焦る旅じゃない、ノンビリ行こうじゃないか。

 歩く木乃が時々サッと振り返るのは、相手を一度素通りさせて後方から襲撃する敵を警戒してのこと。警戒だけは常に怠らない。おばあちゃんにゴム弾で撃たれるから。

 灯っているランタンや焚き火などの明かりで分かりますが、広い場内に、テントの数はとてもまばらです。

 そして幸運にも、トイレに行く途中には一つもありませんでした。

 さすがに日も暮れたこの時間になると新たにやってくるキャンパーもいませんので、本日の宿泊客はこれくらいなのでしょう。

 夜中にトイレに立つ事もあるので、その場合、自分のテントからの最短ルートに他の人が陣を張っていたら、素直に大きく[迂{う}][回{かい}]しましょう。

 寝ているすぐ近くに足音が来たら、防音性能はほぼないテントのこと、かなりよく聞こえます。とても怖いです。

 また、ギリギリを通り抜けようとして、張り縄に引っかかって転んだりしたら超が三つつくくらいの迷惑ですから。

 

 

 さて、大きな建物の中で用を済ませた三人は、

「とーっても綺麗なトイレでしたね! ウォシュレット付きでしたよ!」

 沙羅の正直すぎる感想を聞きながら帰路につきます。ヘッドランプの光が三つ、足元を照らしていきます。

「キャンプ場によっては、水洗じゃないことがあるからねえ。全部仮設テントとか、男女一緒とかも。壮絶なのを覚悟しなければならないことも、あるよ」

「うひゃあ。それはちょっと、イヤですねえ……」

 木乃も言って、女子二人のトイレ談義を横並びで聞かされる羽目になったエリアス、かなり恥ずかしそう。

「でもまあ、それでも、キャンプ場はトイレがあるから便利かな」

 木乃の言葉に、二人がそれなりに驚きます。

 沙羅が、

「はい? あのう……、もし……、なかったら……?」

「うん、自然の中で野営なら、大も小もそのへんで」

「うわーっ! サバイバルだー!」

「でも、大自然のまっただ中で野糞って、本当に気持ちいいんだよねえ」

 女子高生のヒロインのセリフですかね?

「そうでしょうねえ! 一度やってみたいです!」

 女子中学生キャラのセリフですかね?

「…………」

 暗くて見えませんけど、顔を真っ赤にしている男子中学生のエリアスが全力で逃げたそうですよ。耐えろ。

「ならば、やり方を教えておこう! 本当にサバイバルが必要になったときのために! わたしが、おばあちゃんに教わった、完璧な野糞スタイルを!」

 木乃はそんなエリアスのことなど、忖度できません。たぶん〝そんたく〟って書けないし読めない。

「はい!」

 沙羅もまた忖度をしない。

「まず、サバイバル中の野営地にあまりに近い場所、万が一にも誰かからバッチリ見られる場所、水場――、川とか池とかの近くなどは避ける。当然だね」

「そうですね!」

「そして、いい場所を見つけたら、必ず穴を掘ってからする。さもないと、お尻に戻ってきてべったり付くよ。だから折りたたみでも、小さめでも、スコップがあると大変に便利。なければ太めの枝で。穴は、最低でも十センチくらいの深さだね。余裕を持って、縦に長い方がいいね。お尻の穴の位置は、自分達が思うよりずっと後ろにあるからね。最初はピンポイントで狙うのが難しいんだわ」

「ふむふむ」

 沙羅が真剣に頷いているのが、ライトの小刻みな動きで分かります。エリアス、メモはいいのかね?

「で、もう一度周囲を慎重に確認したのち、大自然との一体感を感じながら、用を足す。外で食べるご飯がいつもより美味しいように、外で用を足すのは、いつもより気持ちがいい」

「そうでしょうねー」

「さてスッキリしたら後始末。普段使っているトイレットペーパーは自然の中で分解されるまでに時間がかかるし、敵に[痕跡{こんせき}]が発見されやすい。できれば使わない方がいい。それに、持ってないことも、あるしね」

 だから敵って?

「すると……、葉っぱですか?」

「それもあるけど、都合よく拭けるナイスな葉っぱがあるとは限らない。知らずに変なのを使って、お尻が切れたり、かぶれたりしたら――」

「ひゃあ! じゃあ、水と手ですか? どこかの外国みたいに。ウォシュレットみたいに」

「分かっているなお主。そう、左手の先でチャパチャパとやるのが、結局は一番楽。水筒か、ペットボトル持参でね。片手で栓が開けられるタイプならなお良し。その後は、しっかりと埋め戻しておく。野営地が近い場合は同じ場所でしないように、分かるような目印があるといいね。木の枝を置いておくとかさ。とまあ、こんな感じ」

「ありがとうございます! とても参考になりました!」

 沙羅がいつどこでこの知識を生かすことになるのかは、今のエリアスには分かりませんでした。

 

 次回に続く(4月10日配信予定)

 

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