第五章 「二日目の彼等」 第五章 – 2

 日の出も拝み終えたのだから、あとはさっさと食べるしかなかろう? 

 木乃の思いが伝わったのか、それともみんなも香しい匂いに釣られたのか、犬山キッチンへと皆が集まってきました。

「お待たせしました皆さん。僕が朝食に選んだのは、ホットサンドです」

 ほお。皆の目が輝きます。

「これを使います。先生に、準備してもらいました」

 犬山の手には、長い柄のついた、そして二枚貝のように挟めるようになっている四角いフライパンみたいな何かが握られています。つまりはこれがホットサンドメーカーです。

 いろいろな会社が同様の製品を出しているのですが、これは上下の二枚が取り外しできるタイプ。洗うときに楽ですし、それぞれを小さなフライパンとして独立して使うこともできるのが便利。

「これにバターを塗った食パンを入れて、具を挟んで閉じて、裏表をしっかりと焼きます。具は、いろいろと用意しました」

 キッチンテーブルには、お皿に入った具材がずらり。

 さっき作っていたコンビーフの炒め物、スクランブルエッグ、溶けるチーズ、ツナのマヨネーズ和え、それに刻み[沢庵{たくあん}]を入れたもの(つまりは〝とろたく〟)、カリカリに炒めたベーコン、薄切りスパムの炒め物、スイートコーン、ザワークラウト、ピクルス、輪切りトマト、レタス、千切りキャベツ、水にさらしたタマネギの薄切りなどなど。もちろん調味料も、アレやコレやたくさん。

 犬山、結構大変な手間だったでしょうに、よくぞここまで。

 木乃の犬山に対する株価が、ほんの少しだけ上がりました。

「では、まずは沙羅ちゃんとエリアス君、食べたい具を選んでください。そして、僕が作り方を教えますので、自分でやってみましょう」

 きらりん。

 二人の目がさらに輝きました。なにそれやってみたい。楽しそう。

 昨日の静もそうでしたが、犬山も〝できる男〟です。

 ここで自分がササッとホットサンドを作ってしまうより、例えちょっと失敗しても、食べる人が作った方が楽しいに決まっていることを、重々理解しているのです。

 うむ、コイツは今でもぶっちゃけいけ好かぬが、このホスピタリティは、高く評価してやろう。

 木乃、心の中で超偉そうなことを[宣{のたま}]っていました。

 同時に、

 しかし、そこまでできる男のくせに――、なぜわたしが最初ではないのかね? 

 そんなことを思っていて、

 心が超狭い! 後輩が先でしょ!

 エルメスが木乃の表情を読み切って、心の中でツッコみました。

 そして始まる、ホットサンドフェスティバル。すぐやる部、冬のパン祭り。

 ホットサンドメーカーは複数あるので、あとは二つしかないバーナーの順番待ちですね。

 とはいえ、一度使って暖まったホットサンドメーカーは、次回からは一分半から二分も焼けば十分。

 焼きが入りすぎると、一気に、それこそあっという間にパンが焦げますから要注意です。[頻繁{ひんぱん}]にひっくり返しつつ、時々開いて具合を見ながらでいいので、頃良い焼き加減を見つけましょう。

 できあがったばかりのホットサンドは猛烈に熱いので、トングでお皿に取りましょうね。

 おっと犬山、簡単ですがタマネギを入れたコンソメスープも作っていました。少しぬるめにしておきました。お供にどうぞ。

 こうして、すぐやる部の面々は入れ替わり立ち替わり、好きな具をパンに挟んで焼いて、食べていきます。

 初めての沙羅とエリアスは、時々具を溢れさせたり、パンを焦がしたりもしながら、とても楽しそうに作っては食べ、作っては食べ、さらに食べて食べて食べて食べて食べて(エリアス限定)います。

 木乃も、好きな具を入れて焼いて食べて、食べて食べて食べて食べて食べて食べ以下略。

 こうして、用意した具が、そして[何斤{なんきん}]あったのか数える余裕すらなかった食パンが全て食い尽くされて、

「ああ、お腹いっぱい……」

「同じくです……」

 木乃とエリアスすら満腹感を感じたそのとき、

「おはよー……、ぐっもー……、あー……、おなかすいたー……」

 テントから茶子先生が、寝間着らしいスウェット姿で現れてみんなが気付くのです。

 ああ、そういえばこの人もいた、と。

 

 

 すぐやる部キャンプ二日目は、ノンビリと過ぎていきました。

 太陽の光がサンサンと降り注いで、まだ寒いけどぽかぽかするちょっと不思議な朝の空気の中、

「キャンプの朝にまずやること。それは〝お布団干し〟だよ」

 静の指示で、みんなで寝袋を干すのです。

 気付きにくいですけど、寝ている間にかいた汗などで、中はだいぶしっとりしているはずです。

 キャンプ最終日なら帰宅後にできるので無理に干す必要はないのですが、今夜も使うのだし、天気もいいし、やれるときにやっておきましょう。

 干す場所ですが、高い場所に、例えば木と木の間などにロープが張れればベストです。

 今回みたいにロープが張れない場合は、テントの屋根や車の上がいいです。

 車だったら、ドアを開けばたくさん干せますよ。それらの外側が[夜{よ}][露{つゆ}]で濡れていれば(冬はそりゃもう大抵が濡れていますが)しっかりと拭いて、その上に寝袋を広げて干します。

 風が強い日は飛ばされないように注意が必要ですが、今日も昨日と同じく微風なのでそこは問題なし。

 干している一時間くらいの合間(=茶子先生の朝食中)、エリアスと沙羅は、二人仲良く散歩&写真撮影デートに行きました。念のために、キャンプ場からは出ないという条件で。

 木乃はというと、低いイスに深く腰掛けて、足を前に投げ出してボーッとしていました。

 キャンプ場において、もし何もすることがないのなら――、無理に何かをする必要はないのです。

 その場所でノンビリするのもまた、その場所でしかできないことなのです。まあ、自然豊かな場所で日光浴をしている、とも言えます。

 外の気温は、太陽のおかげでぐんぐんと上がってきました。木乃はもう、ジャケットを脱いでセーター姿に。

「優雅じゃ……」

 木乃が、おばあちゃんとの訓練では決して味わえない幸せを味わっているとき、本来行くべき学校では、授業が始まろうとしていました。

 

 

 九時を過ぎた頃――、

「さあ、温泉だっ!」

 茶子先生が、突然叫びました。

 このキャンプ場は通常はお風呂をやっていないので、近くの温泉に行くのがキャンパー達のデフォルト設定。

 寒いとはいえ汗はかきましたし、焚き火で髪や服にかなり臭いがついています。ここはサッパリしましょうそうしましょう。

「いいですね。目星は?」

 温泉大好き木乃が訊ねると、茶子先生は、

「まっかせてー! すぐ近くに、すってきな所があるのよ!」

 そして部員達に、大小タオルと着替えと貴重品だけを持って、愛車オデッセイに乗るように言いました。

 オデッセイは七人乗りです(八人乗り仕様もあります)。余裕で全員が乗れますね。荷物も少ないですし。

 最後部の三列目に沙羅とエリアス、二列目に犬山と木乃、運転席と助手席に茶子先生と静が座りました。

 全員が収まったあとでエリアスが、

「あのう……、今さらですみませんけど、テントとか荷物とか、バイクとかバギーとか、このままで大丈夫でしょうか?」

 少し心配しました。

 確かに、いろいろなアイテムが、テントが、割とそのまま放置です。キャンプ場あるあると言ってしまえばそれまでですが、大変に無防備です。

「私のバギーには、隠しキルスイッチ(注・持ち主にしか分からないような電源スイッチ)がありますから、トラックで乗り付けない限りは大丈夫かと思います」

 静が言って、

「わたしのバイクも、周囲に銃弾を使った[対人{たいじん}][地{じ}][雷{らい}]的な罠を埋めておきました」

 木乃もサラリ。あぶねーよ! 帰ってきたら絶対にすぐに排除しろよ。

 ちなみに〝銃弾を使った対人地雷的な罠〟というのがどんなのかというと、底に小さな出っ張りを付けた鉄パイプに、ライフルの銃弾を上に向けて入れて埋めて、上からガッツリ踏むと破裂するという仕組みです。ライフル弾を道で拾っても、よい子は絶対に絶対に絶対に真似をしてはいけません。

 さて茶子先生は、

「だいじょぶ! 私が、盗もうとした人に靴下の裏表を一生間違える呪いをかけておいたから!」

 そんなことを言って、オデッセイを発進させました。土埃を少し上げながら、ノンビリと走って行きます。

 

 その様子を、西側の山の頂上で、高倍率の双眼鏡で見ている兵士達がいました。

 迷彩服に身を包み、完全偽装で潜む彼等の名は、KAERE。

 頼りになるのかならないのかよく分からない連中ですが、荷物の見張り番くらいはできるでしょう。たぶん。

 

  •     *     *

 

 すぐ近く、と言っていた茶子先生ですが、オデッセイの安全運転で到着した温泉は、キャンプ場から小一時間は離れていました。

 国道139号線を北に走って、[精{しょう}][進{じ}][湖{こ}](注・富士五湖の一つ。一番小さい)の脇から国道358号線へ。峠を長いトンネルで越えてクネクネ坂道を下って――、

 たどり着いたのは、甲府盆地を眼下に眺める、じつに見晴らしがいい温泉施設でした。〝みたまんまの湯〟と名前がありました。

 露天風呂から見える景色は、それはそれは素晴らしく、夜景も見事な事になることが容易に想像できました。

 部員達はそれぞれ堪能して、すっかり温まってサッパリして、腰に手を当てて牛乳を飲んだり、百円を入れたマッサージ器を楽しんだりしてから、オデッセイに戻ってきました。

 え? 入浴シーン?

 ないよ。

 

 

「よかったでしょー? 甲府盆地の反対側にある、〝ほぼそのままだ温泉〟も評判よかったんだけどさ、今回は近い方ね。向こうは、いつか行きましょう!」

 時間は十一時。

 帰りのオデッセイの運転席で茶子先生が言ったとき、

 ぐー。

 後部座席の四人は既に寝ていました。無理もない。

 助手席の静だけがキッチリと目を開けていて、話し相手になっています。

「とてもいい温泉でした。ところで先生、いつでも運転は代わりますので、おっしゃってください。初心者マークも持ってきました」

「ありがと、静君。でも今のところは大丈夫。そのために寝坊したしね。みんなは、食事のときに起こそうか」

「なぬっ! メシっ?」

 木乃が起きました。

「もうちょっとかかるわよー」

 木乃が寝ました。

 

 

 昼ご飯は、ちょうど正午頃に、

「逆さです!」

 富士山が逆さに見える場所で食べました。

 かつての五千円札、今の千円札に描かれている、湖に映る富士山です。

 そこは[本{もと}][栖{す}][湖{こ}](注・富士五湖の一つ。一番西にある)の[畔{ほとり}]の食事処。キャンプ場の受付も兼ねている建物の中です。窓からも富士山が見えます。

 ここ本栖湖の逆さ富士こそが、お札の図柄のモデルなのです。元は富士山をこよなく愛した写真家の撮った、一枚の写真でした。

 茶子先生の独断と偏見に基づいたチョイスでここを選び、みんなで、山梨県名物の[郷{きょう}][土{ど}]料理〝ほうとう〟を食べることになりました。味噌味のスープに、もっちりとした極太麺とカボチャなどの野菜が入っています。

「富士山が本当に逆さです!」 

 興奮する沙羅をよそ目に、木乃は猛烈な勢いで食べ始めて、

「うむ美味い! もう一杯!」

 おかわりを所望しました。

「あのう、僕もいいですか……?」

 結局エリアスと二人で、ほうとうをおかわりしまくって合計二十杯は食べて、お店に伝説を刻み込んでいきました。レジェンドです。

「ここの[湖{こ}][畔{はん}]のキャンプ場が、最初の候補地だったんだけどねえ……」

 茶子先生、湖と富士山を見ながらポツリ。そのさい、店内にあった漫画本をチラリ。

「おや。どうして外したのですか?」

 静が訊ねて、

「うん。〝物資の空中投下が極めて難しいっス。池ポチャしちゃうかもしれない〟って空自に言われてね」

 そんな理由か。

 

 

 温泉と富士山と食事を満喫したすぐやる部が、[住{すみ}][処{か}]であるキャンプ場に帰宅したのが、一三時を少し過ぎた頃でした。

 この間ずうっと天気は良く、空気も暖かいです。最高の冬キャンプ日和ですね。

 キャンプ場では、少しキャンパーさんが増えているようですね。昨日はなかった場所に、テントがちらほらと。

 元の位置にオデッセイをとめてみんなが下りて、

「うむ、何も盗まれてはいないようだ」

 木乃は仁王立ちで呟いてから、クロスカブに無造作に近づいていって、

「その前に地雷!」

 エルメスに大声で注意されました。

 みんなの注目を浴びた木乃が、最近腹話術にハマっていまして、と苦しい言い訳をして、

「その前に地雷! 片付けなくっちゃ~!」

 エルメスの声真似をしましたが全然似ていません。

 静が、言います。

「みんな、今日の[夕{ゆう}][餉{げ}]は早くに始めたいと思う。木乃さんにお願いできるかな? 十六時にはみんなが食べられるといいのだが、どうだろうか?」

「がってんしょうちのすけ。昼ご飯が軽かったからちょうどいいですね」

 地雷に使った銃弾をポーチに戻しながら、木乃が答えました。ほうとう十杯は軽くない。

 それはさておき、木乃はほぼ食べ尽くされたコンテナの中身を見て、さらに欲しいものをメモして、茶子先生に渡しました。

「はいよー」

 茶子先生、それをそのままメール。どこへ? それは分かりません。市ヶ谷かな。

 一時間後の十四時過ぎのこと。

 昼寝とか、読書とか、日本刀の鍛錬とか、先生に[顎{あご}]を載せられるとか――、それぞれがノンビリと過ごしていたキャンプ場の上空にまたC―2輸送機が飛んできて、

 どすん。

 別のコンテナが、一つ目のすぐ脇に着地しましたとさ。

 

次回に続く(4月24日配信予定)

 

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