第五章 「二日目の彼等」 第五章 – 3

「ねえ木乃……、料理……、できるの……?」

 十五時過ぎ。

 すぐやる部ホームのキッチンに立った木乃に、腰からエルメスが、恐る恐る恐る恐る恐る恐る恐る恐る訊ねました。

「ぬあ? まあ、わたしも一応女子だし、料理上手なおばあちゃんに、手取り足取り、いろいろと教わったよ。もっぱら野外料理で、アバウトな味付けだけどさ」

「ホントに? ホントに? それって……、みんなが、普通に、食べられるもの? 死なない? 誰も死なない? 死なないまでも、いきなり泣き出したり、記憶が飛んだり、別の生き物へと変化したりしない?」

 エルメスの心配っぷりはかなりのものでした。恐れていました。青ざめていました。

「まあ、たぶん。なんならエルメス、味見してみる?」

「無理言わないでねー。ああ、不安だ……。不安だ……」

 そして……。

 およそ一時間後……。

 

「美味しい! 木乃さん! 素晴らしいっ!」

 そこには、

「…………」

 エルメスにとっては信じられない光景がありました。

 まだ夕方の光が残ってそこそこ明るい世界で、タープの下のダイニングテーブルを囲んで、すぐやる部の面々が木乃の作った料理を、

「美味しいよ、木乃さん」

 静が、

「大変に美味です。さすがですね木乃さん!」

 犬山が、

「木乃先輩、料理上手です!」

 沙羅が、

「とっても美味しいです!」

 そしてエリアスが食べているのです。しかも美味しいと言っているのです。誰も死んでいないのです。死にそうには見えないのです。

「どや?」

 木乃が腰のストラップを見下して、

「誰だオマエはあああああっ? 木乃をどこへやったあああああああああああっ!」

 エルメスは思わず叫んでしまいました。

 

 

 木乃が作ったのは、決して凝った物ではありませんでした。

 むしろとても簡単な、誰でも作れるワイルドな野外料理の数々。

 では、順番に紹介していきましょう。

 

 一品目の前菜は、〝ローストベニソン〟。

 ベニソン([綴{つづ}]りはvenison)とは聞き慣れない英語ですが、これは食用の鹿肉のことです。牛肉をビーフとか、豚肉をポークとかいうのと一緒ですね。

 木乃が茶子先生に発注したリストには、〝もし可能なら〟との注意書き付きでしたが、エゾシカ肉のロースの塊がありました。

 ちゃんと届きました。新鮮かつ、かなりデカいのがいくつも。木乃の細かい注文通り、オリーブオイルや赤ワイン、摺り下ろしたタマネギや人参でできたマリネ液に一晩漬け込んであります。ついでにそれが入る大きな鍋も。届いたからには使わねばなりません。食べたいし。

 木乃は、しばらく放っておいて常温に戻した肉の表面に、これでもかと塩胡椒を、ちょっと引くくらいの分量を使って覆いました。

 それからフライパンに牛脂を溶かして、鹿肉の全面をジューっと焼きます。そしてそれを、ラップでグルグル巻きに。最後は口を閉じられるビニール袋に入れて空気をなるべく抜いて密閉して、沸騰している巨大鍋のお湯に次々にドボン。

 その後は五分位で火を止めて、上に重石を置いて、肉をお湯の中に沈めておきます。

 外が寒いのでお湯が冷めてきたら、沸騰よりはるか手前まで再加熱。これの簡単な繰り返しで、三十分位で調理は完了です。中がまだほんのり赤いくらいがいい。

 なるべく薄く切るのがいいので、木乃は素直に他人に頼りました。

 そうです、斬るのがやたらに上手な人が、すぐ側にいるではありませんか。

「先輩、お願いしていいですか?」

「あ、ああ……」

 頼まれたら断れない静の日本刀が[煌{きら}]めきました。また美味しいものを斬ってしまった。

 薄切りにされたローストベニソン、単に塩胡椒を振って食べるだけでも十分イケるのですが、それにかけるソースも、木乃は一応作っておきました。

 粒マスタードとハチミツとマヨネーズを、同量混ぜただけのハニーマスタードソース。焼いたときの油があったのでちょっと和えましょうかね。

 こちらもかなりラフです。[舐{な}]めてみて美味ければそれでいい。

 

 

 二品目は、そして炭水化物は、〝とうもろこし炊き込み御飯〟。

 発注したのは、皮付きのとうもろこし。北海道で言うところの、とうきび。漢字にすると唐黍。あとは米です。大量の白米。そしてお酒と塩少し。

 とうもろこしは生のまま、外側の皮をベリベリ。根本は要らないのでバッサリ。

 そして、身を全部削ぎ切ってしまいます。包丁をコーン粒の根本に当てると、上からザクザクです。

 そして、洗って水に浸けておいた米に、お酒と塩を少々、そして大量のコーンの粒と、剥かれた芯を入れて、ダッチオーブンで炊きます。

 それだけ。ただそれだけ。いい出汁が出る芯を忘れずに入れるのがコツ。

 火加減についても、木乃流[炊爨{すいさん}][術{じゅつ}]は凝ったことはしません。

 最初に沸騰するまでは強火でガンガンいって、あとは弱火放置で、だいたい十五分くらい。火を止めたら、蓋を取らずに蒸らし放置です。

 アウトドア料理なんて、適当でいいんですよ適当で。芯が残っていたら水を振って追い炊き、焦げていたらそれも味です。結果的にはバッチリに炊けましたが。

 炊き上がったご飯は(とうきびの芯は取り出しましょう。食べません)、甘いコーンが一口ごとにお口で弾けます。もそっと味が欲しければ、塩を軽く振ってもいいですね。

 禁断のテクニックですが、ここにさらにバターを落として醤油をサッと回しかけたら最強バターご飯の完成ですよ。北海道が口の中に攻めてきますよ。

 おかずがなくたって、モリモリいけます。

 

 

 最後に出された三品目は、〝炭火焼き肉〟です。

 大きな炭火用グリルに大量の炭を熾して(これは犬山の指導で、沙羅達が楽しみながらやりました)、その上に網を置いて、しっかり温めて油を少し塗って、あとはそれぞれがいろいろな肉や野菜を焼くだけ。

 肉は届いた状態で既に切ってありましたし、味付けも、塩胡椒、あるいは市販の焼き肉のタレです。これを木乃の料理と呼んでいいのかは、議論が待たれるところです。

 肉はそれこそ多種多様。

 タン、カルビ、ロース、ハラミ、豚トロ、ホルモン――、焼き肉屋にある種類は全部あるのではないでしょうか? 木乃はハラミが、北海道では〝サガリ〟と呼ばれる[横隔膜{おうかくまく}]の部位が大好き。神奈川県は厚木名物、シロコロホルモンもちゃんとありますよ。

 地味に美味しいのが、ソーセージです。

 普段スーパーで買うような、フツーのものでいいです。それを炭火でじーっくり炙ってから食べると、ご飯何杯でもいけます。ご飯だけでも行けるコーンご飯ですが。

 野菜も多種多様ですが、変わったところでは長芋。

 皮を剥いて輪切りにして、軽くサッと炭火で焼いて醤油をじゅわっとかけて食べると美味いんですよ本当に。皆様お試しあれ。

 基本的に魚介はナシでしたが、辛子明太子だけは用意してもらいました。

 辛子明太子を、そのまま炭火で[遠火{とおび}]でじっくりと炙るのです。そして、外はカリッと、中は生のダブル食感を味わう一品に。

 それをちょいとつまんだ茶子先生が、

「くわーっ! 日本酒が欲しくなるーぅ!」

 そう言って唸りました。

 しかし今回お酒はありません。ないのです。

 

 

 メインは以上ですが――、

 シェフを任された木乃が、デザートを用意しないなどといったことがあるでしょうか? いやない。

 こちらは一種類ではありません。

 まずは〝焼きリンゴ〟。

 芯をくり抜いた紅玉に砂糖とバターとシナモンをぶち込んで、アルミホイルにがっちりと包んで、適当に炭の中に放置するだけ。

 焼き加減? 好きにしろ。完成まで焼くのだ。できていれば、それが完成だ。木乃は放任主義なのです。

 そして〝焼きバナナ〟。

 こちらはさらにラフです。黄色い皮が付いたままのバナナを、網の上で焼くだけ。

 黒くなって汁があふれ出てきたらそろそろいいんじゃないでしょうか? 火傷しないように注意して皮を剥いてから、さあお食べ。シナモンシュガーを振っても、大変に美味しいですよわよ。

 上記二つの焼きフルーツメニューは、上にバニラアイスを乗せると、熱冷ミックスでさらに美味いのですが、今回は寒い外なので自重。

 そして、焼きデザートで、そしてキャンプ料理で絶対に外せないのが――、そう、〝焼きマシュマロ〟です。

 マシュマロのないバーベキューなんて、風呂桶とお湯のないお風呂みたいなものです。

 こちらは炭でも焚き火でもいいので、棒(自分の手が熱いので、できるだけ長いやつ)の先に差して、軽く色が付くまで、中までとろとろに熱が入るまで、クルクル回転させながら注意深く炙ります。自分の分は自分で焼く。独立性を養うために最高のデザートです。

 やり過ぎると溶け落ちるか燃えるかするので、集中力が必要です。火が付くときは一瞬で付きますからね。

 熱が入りとろーりとしたマシュマロをそのまま食べても美味しいのですが――、ビスケットやクラッカーで、チョコレートと共に挟めば、〝スモア〟という、アメリカ人が四五口径と並んで愛して止まないデザートになります。さらに甘い。だがそこがいい。

 チョコレートをたくさん耐熱皿に入れて、グリルの端などで遠火でじんわり溶かして(牛乳か生クリームを少々足し)チョコレートソースにして、それにディップして食べれば焼きマシュマロのチョコフォンデュに。

 焼いていないバナナも、割切りにしてフォンデュってもいいですね。

 どれもこれも美味いと皆が楽しんでいる中、おおっとここで木乃が、

「ふっ……」

 突然ポテトチップス(注・厚切りで、シンプルな塩味)の袋を空けた!

 まさか……、浸ける気か?

 あああ! 浸ける気だ!

 ポテトチップスを濃厚チョコソースにたっぷりと浸けて、出たあ! これが禁断の塩甘ミックスだ!

 食べ始めたら、全てを食い尽くすまで止められないやつだ!

 おおっとそこへ他の部員達の手が伸びる!

 伸びる! 伸びる!

 

 

 十六時スタートで、長い時間をかけて食べに食べて食べまくって、二十時も過ぎた頃。

「今日一日、とっても、とっても楽しかったです!」

 焚き火を囲みながら、沙羅が[感慨{かんがい}]に浸っていました。

「おいおい、まだ終わってないよ」

 木乃はそう言うと、新しく焼き上がったバナナを二切れほど沙羅の皿に盛って、

「あはは、頂きます」

 沙羅は素直に皿を綺麗にしました。ああややこしい。

 エリアスも、

「僕もです! 明日帰るのが寂しいくらいです。最初は不安もありましたが、実際に体験してみて、本当に楽しかったですし、いろいろと勉強になりました。先生、ありがとございます」

「なあに、いいってコトよ」

 茶子先生がふんぞり返りましたが、この人が両親を説得しなければ来られませんでしたからねエリアスは。恩人恩人。

「はいそれじゃ、みんなちゅうもーく! 明日は泣いても笑っても最終日、現実に帰る日だから地元に帰らねば! 今日と同じように早起きして――」

 茶子先生は遅かったですけどね。

「帰り支度を始めるわよ! 沙羅ちゃんとエリアス君の二人を早めに帰宅させたいから、ちょっと早いけど九時にはチェックアウト! 時間厳守ね!」

 部員達が、頷いていきます。

 彼等全員が考えていることは、寸分の狂いもなく、同じ――、〝ならば七時には、茶子先生をなんとしても叩き起こさねばなるまい〟。

「チェックアウトをしたら、そこで解散。上級生組は、それぞれの方法で楽しんで帰ってね。あまり心配してないけど、無事に帰宅したら連絡してね」

 三人が、うっす、と頷きました。

 帰りは富士宮やきそば。帰りは富士宮やきそば。帰りは富士宮やきそば。

 木乃の脳内ソース色。

 

 

「遊んで食べて、楽しかったようだねえ」

「うむ。苦しゅうない」

「なぜ偉そう?」

 クロスカブの脇のシートの下で、コットの上で、木乃は緑の迷彩柄の寝袋に包まって、耳元に置いたエルメスと超小声で話していました。

 時間は二十二時。

 キャンプ場の夜は早く、この時間になるともう騒ぐ人はいません。いてはなりません。

「ほんと、茶子先生が思いつきを言ったときはどうなるかと思ったけど、普通にキャンプができてよかったよ。まあ……、普通のキャンプなんて、わたしは初めてなんだけど」

 おばあちゃんと一緒のアレは〝修行〟、あるいは〝軍事訓練〟とかですもんね。

「英気を養えたようで何より。学園に戻ったら、また魔物退治の日々だからね」

「え? 違うでしょ、エルメス」

「え?」

「〝サモエド仮面退治の毎日〟でしょ? 日本語は正しく使いましょうね」

「ま、それでもいいや。あの変態な人、結局は魔物が出てこないと出てこないし」

「そんな些細なことより――、明日のことは大丈夫でしょうね?」

「どのこと?」

「しっかりしなさい! 富士宮市で富士宮やきそば! ルートと、お店と、お店の情報はできた?」

「そっちはとっくに」

「素晴らしい。これでわたしは、安心して眠れるというヤツだ」

「それじゃおやすみ、キノ。――とその前に」

「なに?」

「今夜は鹿が出ても起こさないからね」

「あはは。エルメス、朝言ったことは、アレはジョークというやつじゃよ?」

 

 

 こうして――、

 木乃達すぐやる部のキャンプ二日目は終わりました。

 翌日、全員は帰ることになります。現実に。

 そしてまた、学業に追われる、ごく普通の高校生活の中で、忙しい毎日を過ごすことになるでしょう。

 でも、彼等の心の中には、とても素晴らしいキャンプの、楽しい思い出が残りました。すぐやる部は、また一層、結束を強くしました。

 キャンプは素晴らしい。

 皆さんも、キャンプに行きましょう。

 きっと楽しいですよ。

 おしまい?

 

 次回に続く?

 

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