第六章 「鹿撃ち」 第六章 – 1

「鹿撃ち」

 

「木乃、起きて! 木乃!」

 耳元で聞こえる鋭い声に、

「カルボナーラが[聳{そび}]え立つ大空……、光る銀河とプリンアラモードは、蕎麦屋で食すミートローフ……」

 木乃は意味不明の寝言で答えました。

「いいから起きろ!」

 エルメスが叫んだ次の瞬間、

 どしんっ!

 壮絶な縦揺れが木乃をコットから跳ね上がらせて、

「むぎゃ?」

 そしてコットの上に落ちた木乃の上に、クロスカブがゆっくりと倒れてきました。

 べしゃ。

「ぐげっ!」

 哀れ、クロスカブに押し潰された木乃、

「痛い! ハンドルが腹に刺さった!」

 マジで半べそをかきながら、その下から、そして寝袋から這い出てきました。

 その瞬間に、

 どしんっ!

 二度目の大地の揺れ。立ち上がろうとしていた木乃が、また少し宙に浮きました。

「な、な、何が起きたあ!」

 寝間着姿で立ち上がった木乃が、深夜の近所迷惑を[顧{かえり}]みずに叫ぶと、

「魔物!」

 エルメスが負けじと大声で返して、

「はあ?」

 木乃は[怪{け}][訝{げん}]そうに返すと、周囲をぐるりと見渡しました。

 星が綺麗な空ですが、それ以外はほぼ真っ暗です。まだ夜、それも夜中です。

「今何時?」

「二時半!」

「まったく、エルメスったら丑三つ時に寝ぼけちゃって。ただの地震を魔物と間違えるだなんて」

 木乃がそう言うのも無理はありません。再び周囲をぐるりと見渡しましたが、黒い影以外、何も見えません。

「魔物? どこに? いないじゃん。地面の揺れももう起きないし。黒い影は、来たときからずっとそこにある、西側の山だし……」

「すぐそこっ! ってそうか見えないか――」

 エルメスが苦々しく言って、木乃に提案します。

「ちょいとポーチの中から、夜間暗視装置出してみて」

「ん?」

 木乃が小さなポーチに手を入れて、だいたいポーチの三倍くらいはある夜間暗視装置を取り出しました。

 これはちょっと不思議な形をした双眼鏡のようなもので、スイッチを入れて覗くと、暗闇の世界を緑の濃淡で見せてくれます。軍隊とか変態とかが使っています。

 そして木乃が見たのは、まるで船の煙突のような大きな柱。二百メートルくらい向こうにある。

「はて?」

 明るいとき、このキャンプ場に、そんな柱はありましたっけ? 

 首を傾げながら見ていると、その柱がぐわっと上に持ち上がって、少し手前に落ちてきて、

 どしんっ!

「ぶぎゃっ!」

 木乃は[三{み}][度{たび}]宙を舞いました。

「なんじゃあ?」

 木乃が、柱の上へと暗視装置の視界を上げると、そこには眩しく光る目を持つ顔がありました。

「し、鹿っ?」

 そう、鹿の顔が。

 木乃は理解しました。柱に見えたのは、鹿の前脚だったということに。

 キャンプ場のど真ん中に、高さ百メートルくらいの鹿が一頭いることに。

 暗闇の中で山だと思っていた黒い影が、まさにそれだったことに。

「なんじゃこりゃあああああああああああああああああ!」

 木乃が驚いているとき、さすがに周囲の人達も起きて、テントから飛び出して来ました。とはいえ、まだ地震だと思っているに違いない。

「木乃、照明弾!」

「あいよ!」

 暗視装置と交換に、木乃はポーチから、中折れ式の〝[十{じゅう}][年式信号拳{ねんしきしんごうけん}][銃{じゅう}]〟を取り出して、空へと一発。

 照明弾が炸裂して、上空に白く眩い光が生まれました。パラシュートで、ふわりふわりと下りてきます。

 そしてハッキリと姿を現す、バカでかい鹿。アホみたいにでかい、鹿。形からして元は子鹿だったようですが、これだけデカければ完全にモンスターです。

 広い広いこのキャンプ場でなければ、キャンプ場より大きな鹿だったことでしょう。

「なんだありゃあ!」

「どひゃあああ!」

「逃げろっ!」

 周囲のテントから、驚いたキャンパー達が慌てて逃げ出していきます。

 木乃は彼等の助けになるように、手持ちの照明弾を片っ端から連続して打ち上げて、丑三つどきのキャンプ場を、まるで昼間のように変えました。 

 ぎゃお。

 巨大鹿が、[眩{まぶ}]しくて頭を振っています。

「なっ、なんですかあれ!」

「ひゃあああ……」

 エリアスと沙羅の、

「なっ――、なんと! 魔物っ!」

 静の、

「んー? もう朝?」

 そして茶子先生の声が聞こえました。

「ひとまず全員を逃がすよ!」

 木乃はそう言うと、皆のテントの脇へと走り、

「なにー、朝ー? 昼ー? 夜ー?」

 右往左往している茶子先生を捕まえると、

「ほげっ? むぎゃん!」

 オデッセイの運転席に投げ込みました。

 そして、

「魔物だよ! 乗って逃げて!」

 沙羅とエリアスも。この二人を乗せるのは、

「さあ! そのままでいいから急いで!」

 静が手助けしてくれました。

 真夜中の凍えるような空気の中、全員が寝間着姿ですがそれはしょうがない。車で暖房をガンガンつけておくれ。

 ぶるるん。オデッセイのエンジンがかかりました。

「木乃さん達は?」

 エリアスが、助手席のドアを閉めるのを拒みました。おっと凄い力だ。金属が軋む音がしました。

「わたしは、すばしっこいから大丈夫。借りたバイクで走り出す」

「ご、ご無事で!」

 ドアが閉まり、

 はいどう!

 木乃がオデッセイの車体を叩くと、弾かれたように走り出しました。

 巨大な魔物鹿の反対方向へと草原を疾走し、既に逃げて誰もいない他人のテントを一つぶっ潰しながら、場外の道へと走って行きます。

 見ると他のキャンパー達も、それぞれの乗り物で慌てて逃げています。そりゃまあ、そうですよね。

「木乃さんも早く逃げるといい。ここは私がなんとかしてみる」

 静がそんなことを言いましたが、この巨体相手に何ができるのでしょう。

「分かりました!」

 とはいえ木乃、ひとまず人目のないところで変身したいので、お言葉に甘えることにしました。 

 照明弾がそろそろ燃えつきようとしているなかで、木乃は倒れたクロスカブを起こすとエンジンをかけて、寝間着のままでヘルメットも被らずに走り出しました。

「木乃! 森の中に入り込んで変身だ!」

 エルメスの声に、

「バイクが傷んだら修理代が請求されるかも!」

 木乃の腹積もりが炸裂しました。

 次の瞬間でした。

 最後の照明弾がフッと燃えつきて、白く輝いていた空がまた、漆黒の闇へと戻りました。

 クロスカブのヘッドライトだけが、世界を切り裂きます。

「今だ!」

「あいよ!」

 とりあえずキャンプ場の場外までは出た木乃、クロスカブを急ブレーキさせてエンジンも切ると、

「よいしょっと」

 慎重に、車体をセンタースタンドで立たせました。借り物は雑に扱わない。それが木乃のジャスティス。

 さっきは木乃の体と寝袋で受け止めましたから無事でしたけど、また倒して破損でもしたら大変ですよ。困ったことになりますよ。

 それを終えてから、木乃は暗闇の中で右腿からモデルガンをサッと抜いて、天に向けてハンマーを上げて、

「〝フローム・マーイ・コールド! ――デーッド・ハーンズ!〟」

 猛烈にクールでスタイリッシュな(諸説あり)変身の掛け声と共に、引き金をじわり。

 ぽふっ。

 キャップ火薬が炸裂する小さな音と共に、暗闇に光が生まれました。

 青い光の中で木乃の体からパジャマが消え去って、シルエットで描かれる体が光ってクルクル回っていきます。

 謎の方法で実体化するコスチュームが、その体にまとわりついていき、そして大地に立つ、制服とほとんど同じように見えるセーラー服に、下だけジャージの戦う女子高生。

「昼でも夜でも働け! 〝謎の美少女ガンファイターライダー・キノ〟!」

 エルメスは労働基準法違反。

 

次回に続く(5月1日配信予定)

 

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