試し読み 記録屋レック

         ヴィジョナリー・ハンティング

 

「見てろ。ド肝を抜かれるようなシーンを記録するぞ」

 茂みの中に身を潜めたまま、レックは息巻いた。濃緑の草木を[搔{か}]き[分{わ}]けると、葉と葉の[隙{すき}][間{ま}]からラプトリスの群れが輪を作っている様子が見える。

 ラプトリスは一匹のオスを中心にハーレムを形成する、翼のない二足歩行の小型陸竜だ。大きさは大型犬ほどで、今は、互いに体をこすり合わせて[鱗{うろこ}]についた泥を落としたり、鼻先を突き合わせてコミュニケーションを取ったりと、静かな森の中で穏やかな時間を過ごしていた。

「行くぜ」

 群れ全体がくつろいでいる今が好機と、レックは茂みから[這{は}]い[出{だ}]した。同じ森の住人だよと言わんばかりに、なに食わぬ顔で白々しくラプトリスの群れに近づいていく。

 レックは[記録屋{シューター}]だ。射撃武器めいた形状の[記録装置{バリスタ}]に[視覚記録{ヴィジョナリー}]を収めて持ち帰るのを[生業{なりわい}]にしている。もっぱら竜族の姿を追うのを専門としており、その驚くべき生態の数々を記録するため、今日も今日とて、気の置けないふたりの仲間たちと共に、野山に分け入っていた。

 レックは両手に構えたバリスタをラプトリスの群れに向け、記録を開始するためにトリガーに指をかけた。

 そんなレックを、ラプトリスたちが不思議そうに観察している。途端、レックに不安が押し寄せた。その[円{つぶ}]らな[瞳{ひとみ}]は、町の変わり者を見る子供たちの目とひどく似ていた。

 それもそのはず、レックは[木{もく}][人{じん}]という[謎{なぞ}]の設定のもと、人間だとバレないように、枝や葉っぱで飾るお粗末なカムフラージュを全身に施していた。

「……おい、ビスタ。バレてねぇか?」

 レックは[呟{つぶや}]いた。耳の中に[嵌{は}]めた遠隔会話石が、環境音とともにレックの呟きを拾い、離れた場所で同じく遠隔会話石を嵌めた人間の[許{もと}]へ届く。会話の相手は木人の発案者であるビスタだ。

 幼馴染みにして最大の理解者のひとりであるビスタは、茂みの中で様子を見守りつつ、会話石を通じてレックに指示を出していた。

「いや、大丈夫だ。まだ取り返せる」

 言葉とは裏腹に、ビスタが笑いを[堪{こら}]えているのがわかる。

「本当だろうな!? 囲まれてフクロにされんのは勘弁だぜ!?」

 じっと静止したままレックを見るラプトリスの様子を警戒と呼ばずしてなんと呼ぶだろう。レックは唾を飲み込んだ。

 目の前にいるのは、脚力は[強{きょう}][靭{じん}]で、走力、跳躍力ともに人間を[遥{はる}]かに[凌{しの}]ぎ、鋭いかぎ爪とのこぎりのような[牙{きば}]、優れた打撃武器と化す長い[尻{しっ}][尾{ぽ}]を持った陸竜だ。これが一斉に襲い掛かってきたら無事では済むまい。

「自信を持て、レック。おまえこそ真の木人だ」

「はぁ?」

「いいか? 木と人間の間に生まれた木人のおまえは、木を母親に、人間を父親に持っている。毎秋、[柑橘系{かんきつけい}]の実をたわわに実らせる母親は、ある春の穏やかな日に、太い幹の中心あたりを痛めて、おまえを[洞{うろ}]から生んだんだ。おまえはそのことをとても感謝している」

「そんな設定がいったいどっから湧いて出てくんだよ」

「いいから。心からそんな木人になりきれ。そうすればラプトリスも、ああ、はいはい木人ね、把握。ってなるから」

 レックは会話石でやり取りしながら、ラプトリスを[一瞥{いちべつ}]した。大騒ぎする様子はないが、奇妙なものを見るような目は相変わらずだ。

「ロコ、何か言ってやってくれよ」

 レックはもうひとりの幼馴染みであるロコに助けを求めた。

「オスはどこですか? ラプトリスを記録するなら、オスが[要{かなめ}]ですよ」

 会話石からロコの声が聞こえる。

「おめぇはなんでそう、毎度毎度、事務的なんだよ」

 求めていたのはビスタへの文句だというのに。レックは内心ぼやき、オスを探した。探すまでもなかった。メスにはない鮮やかなトサカと尾毛を持ったハーレムの[長{おさ}]は、ひときわ興味深げにレックを[眺{なが}]めていた。

「こいつ、かなり強いオスだぞ」

 上背のある相手に[喧{けん}][嘩{か}]を売らない性質のラプトリスは、必然的に大きい個体が強いオスということになる。目の前のオスは体高がレックとほぼ同じ。これは生涯負けなしの番長かも知れない。レックは思わずつま先立ちになった。上背で勝ったと思われたら、[袋{ふくろ}][叩{だた}]きにされるかもしれないのだ。

 一匹のメスが番長にその身を寄せた。

「おお。メスがすり寄ってきたぜ。よし、記録を始めるぞ」

 レックは陸竜たちを刺激しないよう慎重に、担いだバリスタを起動した。

 ブーンという、[蜂{はち}]の羽音を思わせる音をともない、バリスタの回路にマナバッテリーの魔力が巡った。スコープを覗き、バリスタ先端の[水晶球{アイ}]が映し出す世界を確認する。番長の顔をバッチリと捉えている。映し出された景色は、ルーンの羅列に変換されて、記録ボックスの中で白紙の[巻物{スクロール}]に書き込まれていき、[視覚記録{ヴィズ}]の記録が始まる。

 茂みで待機するビスタとロコは、バリスタと同期させた[遠隔視覚装置{ビホルダー}]を使って記録中のヴィズをリアルタイムで確認している。[固{かた}][唾{ず}]を[吞{の}]んで見守るふたりの息づかいが、会話石を通じて感じられた。

「さぁ、遠慮すんな。いつでも愛の営みをおっぱじめてくれ。おまえたちの交尾を見せてくれ!」 

 突然、番長が[甲高{かんだか}]い声でひと鳴きした。

 レックは驚いて、思わず逃げ出すような体勢で身構えた。

 [追随{ついずい}]するようにメスたちが長い首を伸ばして、競い合うように声を上げる。番長が[駆{か}]け[出{だ}]した。他のメスたちもそれに続く。

「ツイてる! ラプトリスの狩りが記録できるぞ! さすがは俺! 竜を愛し、竜に愛された男だ!」

 レックは木人という設定も忘れ、ラプトリスの一員になったかのように、森林帯の中を飛び跳ねながら駆け抜けた。

「また、始まったよ、レックのいつものやつが。[黒曜{こくよう}][竜{りゅう}]と通じ合った男だっけ?」

 笑い混じりに茶化すように言うのはビスタだ。

「おお! そうさ! あの日、幼いレック少年は、胸に[美鳥{びちょう}]オロパッセルを抱き、[曇天{どんてん}]の山中を駆け抜けていた。それを追うのは巨大な猛獣! しかし、幼いレック少年の足では、巨獣から逃げ切るのは至難だった!」

 レックは語りながら、担いだバリスタで番長の後ろ姿を追う。全速力で走りながらも、対象を正確に記録し続ける。バリスタにはブレ防止の[補正振り子{ペンディラム}]が内蔵されているとはいえ、こんな芸当ができるシューターは自分を置いて他にいるまい。

「竜に救われた少年は成長し、今まさに! ラプトリスたちの貴重な命の営みをヴィズに収めようとしているのです!」

「どうでもいいセリフを吹き込まないで下さい!」

「馬鹿! ロコ! ここからがいいところなんじゃねーか!」

「いいから! ラプトリスが行っちゃいますよ!」

 群れは、巣のある森林帯を抜け、[瑞々{みずみず}]しい緑色の草地に出た。起伏に富んだ地形を緑の[絨{じゅう}][毯{たん}]が覆う[爽{さわ}]やかな場所だ。牛の仲間のカウロンが家族で草を[食{は}]んでいた。

 そんなのどかな家族の[団欒{だんらん}]を、突如、ラプトリスの群れが悪夢に変えた。番長を筆頭とする捕食者のハーレムが、猛然とカウロン家族に襲いかかる。森林帯から現れた地獄の集団に、カウロンたちは泡を食って逃げ出した。

 カウロンは、脚が短く動きが鈍重な牛の仲間だ。ラプトリスは好んでカウロンを狩る。それでも成獣は分厚くて頑丈な[皮膚{ひふ}]のおかげで、致命傷を負う前に逃げることができる。犠牲になるのはいつも、皮膚も未発達なか弱い子供たちだ。このときも、つがいの成獣が命を拾ったかたわらで、二匹の幼い兄弟が尊い犠牲となった。

「大自然の営みとは言え、小さな命が犠牲になるのはいつも心が痛むな」

 レックが至近距離でヴィズに収めるのは、竜が見せる猛然とした食欲の発散だ。カウロンの子供たちがあっという間に穴だらけになっていく。弱肉強食の世界、苛酷な生存競争の一部始終だ。カウロンの子供たちは哀れだが、ラプトリスも飢えるわけにはいかない。生物たちの生態を世に伝えるシューターとしてやれることは、大自然の厳しさをありのままに記録することだけだ。

「いいよぉ、いいよぉ、とぉっても美人に記録できてるよぉ」

 真っ赤にした口をべろりと[舐{な}]め[回{まわ}]すメスの顔をどアップで記録してから、レックはようやくバリスタを下ろした。

「いい顔を記録できたぜ。どうよ」

 いい仕事をした後は[清々{すがすが}]しい。[頬{ほお}]に幾本もの筋を作る汗すらもだ。レックは空を見上げて汗を[拭{ぬぐ}]った。絵に描いたような晴天だった。

 レックはふと、空に小さな黒い点が現れたのに気付いた。思わず眉をひそめる。ラプトリスたちも[喚{わめ}]いている。

「どうしました? 何か騒がしいみたいですけど?」

 騒音じみた竜の合唱を頬の遠隔会話石が拾い、ロコがそれについて尋ねる。正体の[摑{つか}]めていないレックは返答を[焦{じ}]らした。目を細めて空を見据える。自然と口が半開きになった。

「おーい」

 ビスタが急かす。レックはそれも無視し、バリスタを構え直した。スコープを覗き、[魔導力学式倍率付与{マグニファイ・エンチャント}]を上げてズームインする。[真{ま}]っ[青{さお}]なキャンバスに現れた点、その[輪郭{りんかく}]が鮮明になっていく。

「[飛竜{ひりゅう}]だ!」

 ラプトリスたちが一目散に巣の方へ駆け戻っていく。スコープの視界の中で、飛竜の姿がみるみる大きくなっていく。

「ま、まさか、[上位竜{エルダー}]ですか!?」

 焦り交じりのロコの声が会話石に響く。

「エルダー。竜族の頂点。[面白{おもし}]れぇ」

 レックがニンマリ笑う。

「いや、逃げて下さいよ!」

「なんでだよ! こんな偶然の出会い、これ以上ない幸運だろうが!」

「呪っていい不運ですよ! エルダーは危険極まりない存在なんですよ!」

「しかも、そのほとんどが驚くべき能力を備えた神秘の生き物だ!」

「だから逃げろって言ってんですよ!」

 レックはロコの説得に応じることなく、その場に[佇{たたず}]んだままスコープ越しに目を凝らした。巨大な両翼、丸太のような後ろ脚、突き出た凶悪なかぎ爪。全身を鎧う灰褐色の分厚い鱗が、陽光に鈍く輝いている。

「う~ん、いや、残念。ファルニキスだ」

 ファルキニスは大型だが、エルダーではないただの飛竜だ。目撃例も多く、遭遇率も低くない。とはいえ、ヴィズが多く残されているわけではない。なにせ、竜を専門に記録する人間自体が、そもそもこの世界には珍しい。

「残念そうにしてる場合じゃないですよ! 危険は変わりません! 早く逃げて下さい!」

「いや、これは絶対に記録しておきたい」

「いやいや、これはさすがに[悠{ゆう}][長{ちょう}]なことを言ってる場合じゃないんじゃないか」

 ビスタがやんわりとレックを急かした。それでもレックはそこから動かなかった。

「エルダーじゃないにしても、大型飛竜だぜ! こいつのインパクトのある姿を記録しねぇで町に帰れるかよ!」

 飛竜が両翼を寝かせ、レックを目掛け、空中を滑る。レックはバリスタを構えたまま、その前に立ちはだかった。飛竜は腹部が草花を[掠{かす}]めるくらいの低空飛行を見せた。

 ファルキニスは飛竜種の中でも特に飛行が得意だ。地面に体を触れることなく、滑空しながらパクリと獲物を捕らえてしまう。それでもレックはそこから動かなかった。飛竜があっという間に目前に迫る。空腹で殺気立っていて、瞳が[爛々{らんらん}]と輝いている。飛竜が凶悪なアギトを開けた。

「歯磨きしてるか? 奥歯に挟まった小骨も記録してやるからな!」

 レックは、ファルキニスが[喰{く}]らわんとするギリギリまで待ち、その鼻先がバリスタのアイに触れる寸前に、後方に倒れ込んだ。レックを捉え切れなかったアギトがバクンと閉まる。草の絨毯にレックの体がうまる。バリスタのすぐ真上を、竜の腹が通り過ぎた。

「どうだ! 奥歯どころかのどちんこまで記録したぜ!」

 声を上げるレックの体が突如、不自然に引っ張られ、地面から浮いた。

「は?」

 見ると、竜の後脚の爪がシャツの合わせ目にひっかかっている。ぞっと鳥肌が立った。

「な、なんだと!」

 腹部を[抉{えぐ}]られなくてホッとしたが、[安{あん}][堵{ど}]している場合ではない。そのままファルキニスが高度を上げていく。このままでは上空に連れ去れさられてしまう。

「お、おい! ビスタ! 爪が!」

 レックは空中で必死に爪を外そうと、服を引っ張り、体を捻った。爪はシャツの合わせ目にひっかかっている。

「クソッ! ダメだ!」

 ベルトに刺したサバイバルナイフを抜き、合わせ目に沿ってシャツを切り裂いた。ボタンが二つ宙を舞い、爪が外れた。よし、と思った矢先、今度は地面への自由落下が始まった。

 ドスっという音を響かせて再び緑の絨毯に舞い戻り、盛大に息を吐き出した。

「ってぇ……ちくしょう……」

 飛竜はもう遥か上空にいる。もう少し遅ければ、無事で済んだとは思えない。

「おい! ビスタ! 何か言ってくれよ!」

「そんなことより、レック、ちょっと、こっち来い。なんか悲鳴が聞こえたような気がするんだよ」

「そんなこととはどういうことだぁっ! 俺だって悲鳴くらい上げてたわ!」

 レックは[憤慨{ふんがい}]してコメツキムシのように起き上がった。森林帯の方に顔を向けると、ふたりの幼馴染みが立っていた。

 ウェーブがかった[鳶色{とび}]の髪を指ですき、気取って立っているのがビスタ、金色のマッシュルームヘアと丸眼鏡を輝かせた背の低いのがロコだ。ふたりとも必要ないのにレックと同じく木人の恰好をしていた。

 ビスタが森の奥を親指で指し示している。釈然としない気分のレックだったが、ふたりに合流し、連れ立って悲鳴が聞こえたという方へ向かった。

 茂みを搔き分けて奥へ入っていくと、草の上に座り込んでいる[華奢{きゃしゃ}]な人影が、草の擦れる音に気付いて三人を振り返った。悲鳴の主で間違いない。

 後頭部で結わえた上等な絹を思わせる金色の髪が揺れる。若い娘だった。アーモンド型の形のよい目が三人を見上げた。瞳は深い赤紫色をしている。

「おっと、これは[綺{き}][麗{れい}]なコだ」

 ビスタが思わず呟いた。ビスタは面食いで女たらしだ。おまけにモテるから始末が悪い。レックはビスタの後頭部を叩いた。

 娘は助けを求めるかと思いきや、鋭く三人を[睨{にら}]みつけた。

「ちょっと! この[罠{わな}]を仕掛けたの、あなたたちね!」

 大丈夫かと声をかける間もなく、娘が激しい剣幕で[嚙{か}]みついた。見れば、娘の脚が地面から飛び出した[鎖{くさり}]に[絡{から}]め取られている。

「は? いやいやいや。俺たちじゃねぇって!」

 レックはかぶりを振った。

「[噓{うそ}]よ! 罠を仕掛けるなんてハンター以外やらないじゃない!」

「俺たちはハンターじゃねぇの! シューター!」

 レックは自身のバリスタを突き出し、その腹をバンバンと叩いた。

「シューター?」

 娘が[怪{け}][訝{げん}]そうに顔をしかめる。その横でビスタが何かを見つけてしゃがみ込んだ。かたわらに小動物が横たわっている。ウサギほどの大きさをしたネズミの仲間だった。血にまみれていて、すでに息はない。

「肉食動物をおびき寄せるための[囮{おとり}]だな」

 ビスタが呟く。レックは小動物のひどい有り様に顔をしかめた。ズタボロの小動物についた傷は、どれも鋭く綺麗な切り口をしている。

「ハンターの仕業だ。わざと死なないように傷つけてる」

 囮と罠。どうやら娘は誤ってハンターの罠にかかってしまったらしい。

 途端に娘が表情を曇らせ、顔を伏せた。

「見つけたときはまだかろうじて息があったの。放っておけないでしょ」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、娘は手が血にまみれるのも[厭{いと}]わずに、小動物の[亡骸{なきがら}]を抱き上げ、頭を優しく[撫{な}]でた。

「罠にかかったことじゃなくて、ハンターが動物を手ひどく扱ったことに怒ってたみたいですね」

 ロコがボソリと言うと、ビスタは静かに[首肯{しゅこう}]した。

「よいしょっと!」

 しんみりとした空気を変えようと、レックが陽気に声を上げながらしゃがみこんだ。

「とりあえず、これ、外すぜ」

 レックが娘の足を絡めとった罠を指差した。娘がキョトンとした顔でレックを見やる。

「……の前に自己紹介」

 レックはこれ以上不審に思われないようにと笑顔を作った。

「俺はシューターのレック。レック・アングル。こいつはビスタで、あいつはロコ」

「ども。ビスタ・テクニラマです」

 ビスタが気取った[微笑{ほほえ}]みを浮かべる。

「ロコ・アンダーです。こんにちは」

 ロコは気さくに片手を挙げる。

「で? あんたは?」

 レックは探るように娘へ目を向けた。肉食竜が出るような場所で、若い娘がひとり。それに、ハンターが仕掛けた単純な罠にかかってしまうような探索の[素人{しろうと}]だ。

「私は……」

 娘は答えようとして、言葉に[窮{きゅう}]した。レックは答えの先を待ちながら、娘の足元を探り、罠と娘の脚の様子を確かめる。ビスタに手招きした。ビスタも娘のそばで膝を折った。

「生物学者よ。生物学者のピクシー・ヌーベルバーグ」

 娘が名乗った。

「え……[妖精{ピクシー}]さん?」

「生物学者!」

 レックは強気な目を向けてくる娘を見やった。年恰好は自分たちとほとんど変わらない。ずいぶん若い生物学者もいたものだと、皮肉めいた言い回しが、すぐそこまで出かかった。

「それより、罠、本当に外せるの?」

 ピクシーが尋ねる。

「ああ。心配ない」

 レックはピクシーの足を絡めとった罠に触れた。

「こいつはスネークバイトって罠でさ。中心の作動板を踏むと、地中に隠した鎖が筒状に締まって、足を絡めとっちまうんだ。外し方さえわかってればなんてことはない。足を抜くぜ」

 レックはビスタの手を借り、罠からピクシーの脚を外しにかかる。

「トラバサミと違って獲物を傷つけにくい罠で、状態良く生物を生け捕りにしたいハンターが好んで使う。力任せに引き抜こうとする程、締まるようになってんだ」

 レックはビスタと共に、ゆっくりゆっくりと声をかけながらピクシーに脚を抜かせた。やがて、ピクシーの脚は無事に罠から抜け出た。罠から解き放たれると、ピクシーは無事を確かめるように脚を撫でて、すっくと立ち上がった。

 ピクシーは押し黙って三人を見たあと、深々と頭を下げた。

「罠を外してくれてありがとう。それと、誤解してごめんなさい」

 レックとビスタはお互いを見て肩をすくめた。ロコはその様子を見て苦笑を浮かべていた。

 ピクシーは小動物の亡骸を抱き上げた。

「せめて大きな樹の下に埋めてあげよう。安らかに眠れるように」

 レックたちは[粛々{しゅくしゅく}]と穴掘りを手伝った。埋葬する作業に雑談が入る余地はなかった。ほぼ無言の作業がちょうど終わる頃、ロコがレックの肩を叩いた。

「誰か来ますよ」 

 

 

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