まえがきっ!
皆様こんにちは。作者の[時雨沢{しぐさわ}][恵一{けいいち}]です。
ご存じの方も多いと思いますが、いつもは私、文庫の〝あとがき〟で自由気ままに書かせてもらっています。この本編後も、当たり前のように〝あとがき〟は存在します。そして今回は、電子書籍という構造上〝まえがき〟も書いてほしいとの指令を受けました。
すかさず私は、編集さんに電話しました。
時雨沢『なるほど〝まえがき〟を読んで、買うか買わないかを決める人もいるということですね? 買いたくなる文章を書けばいいと』
編集さん『理解が早くて大変に助かります』
時雨沢『アイデアが浮かびましたよ! 〝この小説を最後まで読むと、月に8万円儲かる方法が書いてあります〟と書いてしまえばいい! みんな買います!』
編集さん『やめろ。なんだそのリアルな数字。いいかげん真面目に生きろ時雨沢』
というわけで――、この小説には月に8万円が儲かる方法は書かれていません!
しかし! 歌手と女優を目指し、歌にお芝居に頑張る十五歳の女の子のお話が、一話完結型の短編連作で読めます! どことなく、『キノの旅』を思い起こさせる設定ですね。だって書いている人が同じなんだもの。
私にとっても、久々の新しいシリーズのスタートです。楽しんで書きました。
まずは二話まで、皆さんにも〝この世界〟を楽しんでいただけたらと思いました。よろしくお願いします!
時雨沢恵一でした!
第一話「初仕事の思い出」
―Memories Lost―
都会の片隅に、その小さな小さな芸能事務所はあった。
私鉄の駅前にある、間違いなく昭和に建てられたであろう細い雑居ビル。いかがわしい店が看板を並べる中、その三階を借りていた。
狭いエレベーターホールの前には、
『[有{あり}][栖{す}][川{がわ}]芸能事務所』
と書かれた小さなプレートがぶら下がっていて、そのドアの先に、応接室と事務室を一緒くたにしたような部屋がある。
隣には[磨{す}]りガラス窓で仕切られた部屋があって、『社長室』のプレートがあった。
その社長室の中で――、
「喜べ、レイ! 初仕事が決まったよ! それも今すぐ! [頑{がん}][張{ば}]ってこい!」
半分開いているブラインドを背に、真っ赤なスーツスカート姿で、朝の光を浴びて腰掛けている女性が[吠{ほ}]えた。
この芸能事務所の、四十代と公表しているが、それよりグッと若く見える女社長で、
「はい! 社長! ユキノ・レイ! 初仕事! 張り切って行ってきます!」
敬礼こそしなかったが、机の前で、そして直立不動で[溌剌{はつらつ}]と答えたのは、十五歳の女子高生。
身長は百五十センチほど。白いワンピースの、右胸の位置に大きな青いリボンが目立つ制服を着て、腰まである長い黒髪をカチューシャで留めている。
社長は、
「よし行け! すぐ行け! 詳しくは道中に、そこの童顔マネージャーに聞け! 頑張れ!」
「はいっ!」
レイは目を輝かせて答えると、斜め後ろに立っていた、紺色スーツ姿の小柄な男へと振り返った。
「よろしくお願いします! [因幡{いなば}]さん!」
因幡と呼ばれたマネージャーの男は、背丈は百五十五センチほどと小柄。染めたのか生まれつきなのか分からないが、鮮やかに白い短髪と、クリッとした大きな両目を持つ。まるで外国人の[純{じゅん}][朴{ぼく}]な少年のように、レイより年下に見えた。
因幡はレイを[一瞥{いちべつ}]してから、社長へと体と視線を向けた。
「本当にいいんですか?」
見かけどおりの若い声で、[怪{け}][訝{げん}]そうに問いかける。
「コイツには……、まだ早いのでは?」
女社長は、フッと[微笑{ほほえ}]むと、
「今日行かなければ、いつ行くんだ?」
「まあ……、そうですけど……」
「では、そういうことだ」
「では……、行ってきます」
[渋々{しぶしぶ}]と[受諾{じゅだく}]した因幡が、振り返りながらレイへと[顎{あご}]をしゃくった。
「付いてこい。衣装を忘れるなよ」
「はい!」
因幡の後に続く彼女に、
「レイ」
女社長が声をかけた。
「はい!」
足を止めてしっかりと振り向いたレイに、女社長は、優しげに[睨{にら}]んで言葉を送る。
「初仕事だ。やたら緊張するかもしれないが、思い切りやってきな。失敗を恐れるな。失敗しても、そんなことは明日になれば誰も覚えていないだろう――、それくらいの心持ちでいい。私は、レイならできると信じてるよ」
レイは、弾けそうな笑顔で答えた。
「はい! 頑張ってきます!」
部屋に戻ったレイは、小さな[革{かわ}][鞄{かばん}]と大きなボストンバッグを手に取った。
「急げ」
「はい!」
そして手ぶらの因幡に急かされて、事務所のドアを出てすぐのところにある、おんぼろで小さなエレベーターに乗った。
明日にも壊れそうなエレベーターに揺られながら地下一階まで下りると、そこはコンクリートで囲まれた、そして電灯が半分死んでいる、狭く薄暗い駐車場だった。
五台分のスペースしかない駐車場に、三台の車が停まっている。一台は黒い国産のワゴン車。一台は真っ赤な、高級外国製スポーツカー。一台は黄色い、小型の四輪駆動車。
因幡は、ワゴン車の運転席に乗り込んだ。レイが助手席に乗ろうとして、
「いや、後ろ」
「あっ、はい!」
レイがシートベルトを締めるのを確認してから、因幡がゆっくりと、車を発進させる。
出口に[繫{つな}]がる急なスロープを車は駆け上り、暗い穴を抜けて、やがてとても眩い光に包まれた。
レイの世界 −Re:I− Another World Tour 1st Step
内容
「私は女優と歌手になりたいんです!」
[有栖川{ありすがわ}]芸能事務所に所属する新人のユキノ・レイ。彼女のためにマネージャーの[因幡{いなば}]が取ってきた初めての仕事は、小さな町の広場にある特設ステージで歌う仕事だった。レイは精一杯に歌い、町の人々もとても楽しんでくれた。しかし、観客達の興奮と歓声がその日最高潮に達した瞬間——。
(「初仕事の思い出 —Memories Lost—」)他、全2編を収録!
『キノの旅』の時雨沢恵一&黒星紅白がおくる、書き下ろし短編連作の新シリーズがスタート。
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