著者/築地俊彦の作品 「アメノセイ 史上最悪の決戦」

 [瞼{まぶた}]が重く、目を開けるまでいささかの時間がかかった。
 ぼんやりとした視界の向こうには、やはりぼんやりと輝く壁があり、周囲をうっすらと照らしていた。空気は重く、じっとりした湿気を感じさせる。「その人物」は二、三度まばたきすると、自らが床に横たわっていることに気がつく。そこではじめて、発光しているのが壁ではなく天井であることが分かった。
 身体を起こして左右を見渡す。大きくて天井の高い、倉庫のようなところにいた。その人物はしばらく倉庫の中を眺めると、はっとして目を見開いた。
 大勢の人がいた。ただの人ではない。皆、自分と同じであった。
 背丈も顔もまったく同じ。髪の毛の一部は角みたいに[尖{とが}]っており、服まで同じものを着ていた。そして倉庫内にぎっしりと詰め込まれている。クローン工場の倉庫と称しても[過言{かごん}]ではなかった。
 全員が一斉に目覚めたらしく、半身を起こしたまま驚愕の目つきをしている。皆言葉を発していない。状況の把握もできず、ただ[茫然{ぼうぜん}]としているだけだ。
 すると突然、倉庫内の照明が落とされた。代わりに壁の一部が激しく光った。
「おはよう、アメノセイの諸君」
 真っ白になった壁が音声を発し、倉庫内がざわついた。このときはじめて、皆は自らが「アメノセイ」であることを思い出したのだ。
「君たちがどういう存在でどういう目的で生を受けたのか。そんなことはどうでもいい。あえて言えば担当者の発注ミスなのだが、聞かなかったことにしてもらいたい。わりとよくある話だ」
 壁の光は声に合わせるように強弱をつけていた。音声は男のようでもあり、女のようでもあった。
「重要なのは、諸君はこの場に集められたということだ。そして君たちアメノセイはたった一人に絞られることになる」
 また倉庫内がざわついたが、すぐに静まった。
「見ての通り君たちの数は多い。担当者がケタを間違えたのだ。だが我々が必要としているアメノセイはたった一人。予算の関係上そんなにたくさんのアメノセイを抱えられないからだ。理不尽に思うものは会社を経営すれば分かる。ともかく自分こそがアメノセイであると証明してもらいたい」
 耳を傾けているアメノセイたちの心中に疑問が浮かぶ。先回りするかのように、声は続けた。
「どうやって証明すればいいか。それは相手を敗北させることだ。敗北を悟った瞬間、そのアメノセイはこの世から消滅する。敗北させるにはどんな方法でもいい。ただし我が会社はオタク業界に属している。よって、なるべくオタクなパワーを発揮して欲しい」
 アメノセイが拳銃で相手の頭を撃ち抜くみたいな反社会的な行動は好まないのだ。昨今のコンプライアンス事情が見て取れた。
「敗北せず最後まで残った者。それこそが勝者であり、真のアメノセイだ。期限は設けない。この手のふわっとした発注は我が業界の得意のするところだ。そしてこの倉庫は借りているだけでも高いため、たった今から開始とする。健闘を祈る」
 壁の光が消える。倉庫の明かりがつき、大きな扉が開け放たれた。
 否も応もない。数百人のアメノセイたちはたった一つの座を賭けて、街へと走って行った。

 アメノセイたちは各所で戦いを繰り広げた。
 オタクなパワーと言っても範囲は広い。まるで発注元から来た「もっとキラキラした要素を入れてください」みたいなメールのようだ。それでもアメノセイたちは最大限の[解釈{かいしゃく}]をし、生き残りを[図{はか}]っていった。
 アメノセイたちにはそれぞれスマートフォンが与えられていた。プリインストールされているアプリによって、どんなアメノセイがどんなことをしているのか、一目で分かるようになっている。さらに敗北し消滅したアメノセイの状況も表示されていた。
 冒頭で目覚めたアメノセイも、スマホを片手に[秋葉原{あきはばら}]をさまよっていた。
 オタク的なパワーなら秋葉原だろう、といういささか[安易{あんい}]な考えによるものだったが、そんな思考のアメノセイはたくさん居るようで、路上や店に同じ顔がごろごろしているという状況になっていた。
 アニメ新番組の広告よりたくさんのアメノセイが存在している中、生き残るには他と同じことをしてはいけない。だが敗北感を感じない、すなわち失敗しないためにはどうすればよいのか、このアメノセイはまだ方法を思いついていなかった。
「アメノセイです。よろしくお願いしまーす」
 見ると、路上でビラを配っているアメノセイがいる。ビラにはアメノセイの名前と顔が大きく印刷されていた。手当たり次第に配布して知名度を上げようとする戦略だろう。とにかく名と顔を売ることに特化していた。
 一見よさそうな方法だが、敗北感は感じなかった。なぜなら。
「なっ、なにをするんですか。僕はなにもしていません! ビラを配っていただけです! 本当です!」
 さきほどのアメノセイが制服警官に取り囲まれている。しばらく抵抗していたものの、やがて[万世橋{まんせいばし}]警察署まで連れて行かれた。
 馬鹿なことを、と思った。秋葉原は路上でのビラ配りに厳しい。あそこは配布禁止区域である。あの様子だとそもそも道路使用許可を取ろうともしなかったのだろう。スマホのアプリを見ると、「アメノセイ ビラ配り」の文字が赤くなっており、隣に「消滅」と書いてあった。警察署に連れて行かれて観念したのだ。
「僕はアメノセイです! 一曲歌います!」
 また別のアメノセイが路上で叫び出す。歌い出す前に警官が飛んできた。路上パフォーマンスにも厳しいと知らなかったようだ。
 屋外でおこなうには限界がある。アメノセイはインターネットカフェに入った。
 彼らの敗北の原因は明らかだ。とっくにネット上のプロモーションに移行しているのに、あえて古いやり方をおこなったのがよくない。今の時代、知名度を上げたかったらネットでバズらせるのだ。
 この考えにたどり着いたアメノセイも少なくない。店内にはちらほら同じ顔、服装のアメノセイが着席していた。
 だとすると、できる限り素早く活動しなければならない。パソコンを起動するや、即座にSNSのアカウントを作成した。テキストベースのSNSだけではなく、写真、動画問わず片っ端から登録する。
 [肝心{かんじん}]なことはフォロワー数の増加である。バズるからフォロワー数が増えるのか、フォロワー数が多いからバズるのか。卵が先かニワトリが先かみたいな関係だが、どっちにせよ多いのはいいことだ。目に付いた有名人を次々にフォローして、「フォローしました。よろしくお願いします」の[挨拶{あいさつ}]を送る。
 その合間にスマホで他人をチェックした。アメノセイの名の隣に、SNSの文字がずらりと並ぶ。やはり方向性は同じだ。どうでもいいが個人名が全てアメノセイなので、区別がつかないことこの上なかった。UIの設計者は酔っ払っていたのだろうか。
「ん……?」
 一見、目を引く活動内容がある。SNSは同じだが、フォロワー数増加中の文字が。
 自分のアカウントを見ると、フォロー数に比してフォロワー数がゼロ。開設されたばかりのアカウントなので仕方ないが、さっきのアメノセイはどうやっているのか。
 そのアカウントを見に行く。するとタイムラインには、美麗なイラストがずらりと並んでいた。
「まさか……⁉︎」
 イラストはどれも現在放映されているアニメか、人気のあるマンガやゲームの二次創作だった。背景やメカすら描きこまれ、百合っぽいカップリングもばっちりという抜け目なさだ。
 即座に理解できた。イラストでフォロワーを稼いでいるのである。
「これは……確かに上手なイラストだけど、そんな……」
 インターネットカフェのブースで頭を抱えるアメノセイ。イラストで有名になるのは誰でも考えつくが、まさか実行してしまうとは。いつの間にこんなテクニックを会得したのだろう。
 こうしているあいだにも、タイムラインには新作イラストが続々とアップされている。SNSのトレンドには「#アメノセイ」と取り上げられ、フォロワー数はうなぎ登りとなっていた。
 店内のあちこちから、「ぎゃー」「負けたー」との声が上がる。敗北を悟ったアメノセイたちが消滅しているのだ。画面を眺めるアメノセイの首筋にも、じっとりと汗がにじみ出る。
 アメノセイは必死に気を奮い立たせた。どこかに[瑕疵{かし}]はないか、精神的に優位になれる要素はないかと探し回る。
 だがそこで遭遇したのは、さらなる絶望感であった。
「うっ……あの声優までフォローを!」
 最近人気急上昇中の女性声優までが、あのアメノセイをフォローしたのだ。
 この女性声優は「自分はぼっちで友達がいません。[百合{ゆり}]好き。年上趣味で何歳でもオーケー。あと巨乳」を売りにアニメ業界を[席巻{せっけん}]しつつある。ゲームやミリタリーにも[造詣{ぞうけい}]が深いということで、いい年した業界のおっさんたちがころっと参っているのだ。
 今度発売されるCDや写真集もきっと売れるだろう。これから伸びると目されている声優なのだ。その彼女がフォロー、しかも相互フォローだった。
 繋がっておけば利益になると女性声優が判断したのだろう。大きなアドバンテージであった。
「じゃ……じゃあ僕は……!」
 画面を眺めているアメノセイも、当然フォローリクエストを送っていた。自分をフォローしているのかどうか。焦りながら確認をする。
「う……」
 なかった。フォローなし。返事もなし。女性声優にリクエストだけではなく、挨拶まで送ったのに無視である。
「やっぱり……やっぱり絵を描かなきゃ駄目だった……!」
 [挨拶{あいさつ}]文が「オッパイ見せてください」と「新興宗教を立ち上げたので宣伝してください」の間に挟まれたのもよくなかったが、どのみちフォローされなかっただろう。ブロックされなかっただけマシというものだ。
「チキショウ、どうせ……どうせマネージャーが書いているんだ!」
 襲い来る敗北感に必死に[抗{あらが}]う。ここで負けを認めたら消滅してしまう。周囲ではさらなる悲鳴が起こり、アメノセイたちがこの世から消え去ろうとしていた。
 自分は生き残るんだ。必死になって自らのフォロワーを増やそうとする。だが数字はぴくりともしなかった。
「もう駄目……ん?」
 視線がある一点に吸い込まれる。
 いまや神絵師となったアメノセイ。だがそのフォロワー数に変化があった。増えているのではない。減っているのだ。しかも急速に。
「これは、ひょっとしたら……」
 検索したところ、じきに原因が分かった。某まとめサイトによると、あのアメノセイのアップしたイラストが、他者からの[剽窃{ひょうせつ}]だと判明したのだ。
 手っ取り早く人気者となるために、マイナーなイラストを拝借したのである。キャラクターと背景を別々にコラージュするというしたたかさだったが、逆に悪質だと見なされた。タイムラインはカナダの山火事のごとく燃え上がり、今まで神と持ち上げていたフォロワーたちは、一斉に泥棒野郎と叩きはじめている。
 イラストは次々と消えていき、やがてSNS上での発言がぱたりとなくなる。女性声優もいつの間にかフォローを外しており、スマホのアプリには「アメノセイ 神絵師」が赤字となって、隣に「消滅」が並んだ。
「た、助かった……」
 アメノセイはほっと息をつく。敗北感から消滅しそうになっていたが、ギリギリで回避できたのだ。
 スマホを見ると、アメノセイたちの人数が四分の一まで減少している。剽窃が発覚するまでにこれほどの減少があったのだ。しかも勝者はいない。
 この件に関しては、動かず、[苦悶{くもん}]だけしていたのがむしろ吉と出た。だが次もうまくいくとは限らない。
(きちんとプロモーションしなければ駄目だ……)
 だがどうしよう。とりあえず様々なことを検索し、頭に入れる。手探りながら少しずつまとまっていくような気がした。
 かなり長居をしたので、外の空気を吸いたくなった。アメノセイはインターネットカフェの使用料を払い、割引クーポンを余分にゲットしてから店を出た。
 すっかり暗い。アニメショップの明かりを頼りに、ふらふらと歩いた。
 ふいに肩を叩かれる。振り返ると、同じ顔をした人物がいた。
「やあ、君もアメノセイだね」
 アメノセイであった。ややこしいが、つまりあの倉庫にいた人物である。同じ顔をしたライバルなので会話をすることはないのだが、このアメノセイはそのあたりためらいがないらしい。
 話があるというので裏通りのファミレスへと移動した。
「僕たちが生き残るためには、情報が必要だと思うんだ」
 着席して早々、眼前のアメノセイはそう言った。
「互いに知っていることを交換して、生き残りを[図{はか}]らないか?」
 ついさっき、一人のアメノセイの栄光と転落を見たばかりである。心が弱っていることもあり、冒頭のアメノセイは感じたことを[訥々{とつとつ}]と喋りはじめた。
「思いつきだけでやっちゃ駄目なんだ……。ビラ配りも路上パフォーマンスも、思いついたときは良かったんだろうけど、手垢がついている。神絵師になることだって、安易な道を選んだらあんなことになる」
「ふーん、じゃあ君はどうすることがいいと思うんだい?」
「そうだな……僕自身をしっかり確立しなきゃって思う。やっぱり動画デビューがいいかもしれない。僕自身をネットに乗せて大勢に見せるんだ」
「それも今は遅くないかな」
「まだ間に合うと思う。異世界転生ものの小説だって、一過性のように思われているけど続いている。やり方によってはいけるよ」
 さらに、動画の効果的な作り方やお手軽なフリー素材などを、脈絡なく話し続ける。さきほど検索した結果なのだが、こうやって口に出すことによって、いっそうまとまっていく感があった。
 眼前のアメノセイは、もはや口を挟まず黙って聞いている。その瞳は時々鈍い光を放っていた。

 冒頭のアメノセイはファミレスを出てからカプセルホテルで夜を明かした。昨日の会話でまとまったアイディアを実現させようと、編集ソフトと撮影機材を買い込み、レンタルスペースに泊まり込んで作業を行った。
 数日後、ひとつのアメノセイ動画が動画サイトにアップされた。
「VTuberアメノセイです!」
 たどり着いた結論が、「アメノセイとして動画デビュー」であった。
 元よりポリゴンでできているとしか思えない服装であり、「キノの旅」に出てきてもおかしくない顔立ち、しかも男性とも女性ともつかない声をしている。これを逆手に取り、架空世界の住人として売り出したのだ。
 もちろん他のSNS上での宣伝も怠らない。頻繁に告知をし、フォローリクエストには快く応じる。エゴサーチをし、自らに言及してるアカウントにはすぐ「いいね」をつけた。
 様々なSNSで触れた人全てが、自らの動画へやってくるよう、動線にも[拘{こだわ}]ったのだ。これでチャンネル登録が増えれば、真のアメノセイとして唯一の存在となる。
 そのはずであった。
「えっ、まさか……⁉︎」
 いつものようにインターネットカフェでチャンネル登録数をチェックしていたアメノセイは、己の目を疑った。
 登録数が増えていない。それどころか、コメント欄は「パクリ」「盗作」の文字で埋まっている。
 原因はすぐに分かった。「この動画はアメノセイのパクリ。再生数を増やしてはいけない」との書き込みがあったのだ。
 アメノセイがアメノセイをパクる。普通に考えれば日本語をミスったとしか思えない文章だが、まもなく判明した。まったく同じことを、先にやったアメノセイがいたのだ。
「しまった……!」
 インターネットカフェで思わず声を漏らす。無料アイスクリームを食べている男性客がぎょっとしていたが、気にしていられない。検索を繰り返すと、アメノセイ動画が大量に見つかった。
 VTuberとして人気者になる。やはり皆考えることは同じなのだ。生き残りをかけ、アメノセイたちが一斉に流れ込んだのである。
 こうなると一番有利なのは先行者だ。最初に動画をアップしたのが本物で、あとからきたものたちは全員偽物と判断されてしまったのである。
「僕が先だと思ったのに……あっ!」
 電光のような衝撃。スマホでアプリをチェックし、衝撃は確信に変わった。
 時間を辿れば真っ先に動画をアップしたアメノセイが誰かは分かる。名前をクリックすると、それまでの移動先が地図上に映し出された。
 この間のファミレスに滞在している。一番最初に動画をアップしたアメノセイは、自分がアイディアを披露した相手だったのである。
「パクられた!」
 うっかり喋ってしまったため、先を越されたのだ。早くどうにかしなければ、敵に塩を送っただけになってしまう。
 まずSNS上で、「動画のアイディアは僕が先に考えたものです」と書いたが、賛同者は出てこない。逆に「時間からいって、あっちが本家だろ」という言葉が大量に拡散された。
 アップ時間に言及されると手も足も出ない。そこで「歌ってみた」「ゲーム実況」などを大量にアップし、コンテンツ力で勝負する作戦に出る。
 だがこれも無理だった。焦っていたため[粗製{そせい}][濫造{らんぞう}]になったのである。「歌ってみた」などはあまりにも下手だと逆にファンがつくのだが、美声なのが災いして中途半端になったのだ。
 ゲームは編集をしくじったため、どういう展開なのが分かりにくい。しかも、気をつかってフリーゲームや公式が許可を出しているものだけをプレイしたのに、「権利者に許可を取ったんですか?」などのコメントまでつく始末。
 こうなったら現実世界でと、様々な土地を移動し動画をアップするも、「一緒に写っている鹿は可愛い」「お前はサ○エさんか」としか言われない。同人誌即売会を撮影しようとしたら、撮影は禁止だと追い出された。おかげで「戦利品を公開する」動画は同人誌が二冊しかなく、R18なのでモザイクだらけでなにがなんだか分からなかった。
 焦りに焦ったアメノセイは、「パリピと出会ってみた」「ナイトプールに行ってみた」などを企画するも、陽キャのエネルギーに当てられて挫折、遠くから会場を撮影するだけに留まった。
 こうしている間にも、ファミレスのアメノセイは人気者への階段を着々と登っている。なんと他のVTuberとのコラボ企画までおこなっていた。
 コラボしたのは複数人。中には政府広報に出ているような大物まで混じっている。そして例の女性声優までも動画に出演していた。
「うわあああ……も、もう……僕はこのまま……」
 何馬身も離されたどころか周回遅れになりつつある。消滅するアメノセイは続出し、スマホの通知欄は目覚まし時計よりやかましい。あれだけいたアメノセイは、もはやほとんど生き残っていなかった。
(考えろ、考えるんだ……生き残るにはどうすればいいんだ……いや、僕は以前、どうやって生き残ったんだ……)
 神絵師と[讃{たた}]えられたアメノセイ。やつが出現したときは、どうやって生き残ったんだろうか。確か偶然パクリが発覚して一命を取り留めたのだ。
(だったら……今回は自らの力で生き残ってやる! たとえ一線を越えても!)
 ファミレスのアメノセイもパクっているのだが、こっちがアイディアを話しただけで物理的な証拠はなく、追及は不可能。向こうもそのことはとっくに承知のはず。
 ならばでっち上げてやる。アメノセイはどす黒い思考に身を委ねつつ、告発動画の制作に取りかかった。

 それからのオタク業界は、荒れに荒れることとなった。
 アメノセイによるアメノセイの告発が業界を揺るがしたのである。それは「ファミレスのアメノセイがアップした動画はパクリまみれ」との内容だった。
「背景にあるこの素材は、このイラストをトレースして回転させ彩度と明度を落として色を別のイラストからパクって[輪郭{りんかく}]を太くして細くして歪ませたもの。だからまったくの別物に見えてもパクリ。音源もこの歌のこのメロディーをこう変化させてフレーズはここから持ってきて色々入れ替えて作っている」
 たとえ根拠がなくても断言してしまうと一定の説得力を持つ。冒頭のアメノセイはそれだけに留まらず、業者に金を払って拡散まで依頼した。
 こうなると質の低いバイラルメディアが面白がって記事にする。デマではないかと指摘した人物は、「パクリを擁護するのか」との言葉(これも冒頭のアメノセイが書き込んだもの)に沈黙を強いられた。こうして拡散が拡散を呼び、炎上となって広がっていく。
 どのVTuberもこの件でのコメントを強いられるようになった。距離を取ろうとすると無理にでも引っ張り出され、喋らされた。
 なにもかも冒頭のアメノセイが仕組んだのである。全てのVTuberを巻き込むことによって、抜き差しならぬ状況に追い込んだのだ。
 他のアメノセイたちは疲れ、敗北を悟り、あるいは自らフェードアウトして去っていく。いつしか残っているのは冒頭のアメノセイと、ファミレスのアメノセイの二人のみとなっていた。
「もっと苦しめ……もっと苦しめ……」
 冒頭のアメノセイはインターネットカフェのブースで、暗い笑みを浮かべながら呟いていた。
 同じアメノセイだけに苦しみは手に取るように分かる。拡散につぐ拡散で、もはや手も足も出ないのであろう。いまやスマホでアクセスするだけでもしんどいはずだ。
「真面目や誠実では情報化社会で生きていけない。楽こそ正義……!」
 今のアメノセイはモラルもへったくれもない状態だった。そしてそんな自分に後悔はない。足を引っ張れば引っ張るほど、喜びは増していく。ファミレスのアメノセイのチャンネル登録は減る一方であり、リロードするたびに減っていく数字こそが明日への糧となっていった。
 だがそんな中でも、一部のファンは去ろうとしなかった。
 ファミレスのアメノセイのコメント欄には、「最初のアメノセイはあなたです、頑張ってください」の文字がなにをしても書き込まれていた。
「馬鹿な奴らだ……!」
 冒頭のアメノセイの頭に血が上る。さらなる黒い熱意のもと、告発動画を続々と作り続けた。
 それでもファンは考えを曲げない。それどころかチャンネル登録数減少に歯止めがかかりつつあった。そして冒頭のアメノセイはいっこうに人気が出ない。
「なんだと、お前ら僕みたいな[闇{やみ}][堕{お}]ちキャラの方が好きなんじゃないのか!」
 冒頭のアメノセイは知らなかった。皆が好きなのは闇堕ちキャラであってインモラルキャラではないことを。ヤクザキャラクターが好きでも本物のヤクザにはドン引きなことを。そもそも「あいつを嵌めたのは僕です」と発表していないので、自らの人気に繋がるわけはないのだ。
 そもそもが後続VTuberとのレッテルを貼られている。普通ならこのあたりでやり方を見直すはずだが、冒頭アメノセイは「アイディアパクったのはあいつの方」という感情のみを頼りに、猛然と非難し続けた。
 そして、ついに。
 ファミレスのアメノセイの更新が停止した。
「やった……!」
 深夜のインターネットカフェで、冒頭のアメノセイの暗い瞳がいっそう暗く輝く。根負けしたのかファミレスのアメノセイの動きがぱたりと止まっていた。
 スマホでアプリをチェックする。もはや二つしかないアメノセイの名前。そのうちの一つが、赤字で「消滅」と書かれていた。
「勝った……勝ったぞ!」
 店員の目も気にせずガッツポーズをする。ついに生き残ったのだ。なりふり構わないやり方で唯一のアメノセイとなった。他のアメノセイはネットで炎上し姿を消したやつとして、じきに忘れ去られるであろう。勝利者のみが正義なのだ。
「僕が……僕が真のアメノセイだ‼︎」
 喜びが全身を包む。溢れ出る多幸感に、冒頭のアメノセイはしばらく酔いしれていた。
 しかし、次の瞬間。
 スマホからしゅうしゅうと音がする。見ると、起動したままのアプリの画面から、何故か黒い煙が吹き出している。煙はまるで蛇のように、冒頭のアメノセイの足にまとわりつこうとしていた。
「なに……えっ、なに⁉︎」
 黒い煙は足から徐々に上半身へと上っていく。振り払おうとしても煙だからどうにもできない。
「うわっ……うわあああっ‼︎」
 頭のてっぺんまで黒い煙に飲み込まれる。そして煙は再びスマートフォンのアプリに吸い込まれ、後にはなにも残らなかった。

「どうだった、こないだの企画」
「ああ、あれは駄目ですね。たくさんのアメノセイを作ってみてシミュレーションしたんですけど、一人も残らないんですよ」
「最後の一人を使えばいいだろう」
「一番タチの悪いのが生き残っちゃうんです。やっぱり倫理みたいなのが重要なんですかねえ。こう、囚人のジレンマみたいな面白い話になるんじゃないかって、期待してたんですが」
「分かった。もうちょい時間かかってもいいからさ、引き続き頼むよ」
「はあ」
 上司は席から離れていく。彼は肩をすくめると、もう一度やってみるかとスタートコードを打ち込み、リターンキーを押した。

終わり

    *

【あとがき】

 [築地{つきじ}][俊彦{としひこ}]と言います。作家やってます。Jリーグと冒険小説と海外ドラマが好きです。このたびお誘いを受け、アメノセイ企画に参加いたしました。

 もう十年近く前になるんですが、当時はニコニコ動画のヘビーユーザーでして、暇さえあればブラウザに張りついて動画をアップしていました。やりすぎたのかニコニコ大百科に××Pという項目ができてしまい、びびってアップを止めたところ、あっという間に行方不明扱いとなってしまいます。それからたまに通知される「××さんがフォローしました」の文字に心を痛めつつ、平成の終わりまで来てしまいました。このたびドワンゴの企画に参加したということで、「マジでこの人どこ行ったの?」と心配してくれた少数の人への回答になればと思います。ちょっとP名は明かせないのであんま意味ないのですが。

 他の作家さんたちが真面目なショートストーリーを執筆する中、ギャグともメタネタともしれない内容を出すあたり、どんなのをニコニコ動画にアップしていたのか分かろうというものです。ていうかなんでそんなに真面目なの……寂しいじゃねえかよ……。

 当方がこれまで執筆した作品はこんな感じです。

https://bookwalker.jp/author/417/
https://honto.jp/ebook/search/au_1001808713.html

 アニメ化作品もあれば、あまりに売れず打ち切り喰らったのも混じっております。

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