著者/田口仙年堂の作品 「きみがVTuberになるまで」

 ハッキリとした理由は覚えてない。
 そんなの、何だってそうだろう。
 歌詞が良かったとか、セリフが良かったとか、フォルムが気に入ったとか、スーパープレイで[魅{み}]せられたとか――
 誰かが何かを好きになる理由なんて、そんなもんだ。
 俺が――クラスメイトの[早乙女{さおとめ}]を好きになったのだって、理由なんてない。
 よく目が合ったから――じゃ、ダメか?
 だって俺のことを見ている間、そいつの顔が見えるんだ。俺と目が合ったら笑ってくれて、たまに手を振ってくれるんだ。
 そうなると、自然とそいつのことを考えてしまうだろう?
 クラスメイトの中では一番背が低く、小動物みたいにちょこまかと動く彼女。小さな身体を[補{おぎな}]うかのように、大げさな身振り手振りで表現するのを好む。感情表現も豊かで、よく笑い、よく怒る。
 この気持ちを、彼女に伝えられたらどれだけいいだろう。
 俺には伝える勇気も話術もタイミングもないけど――

「あのさっ! [三科{みしな}]!」
 そんな彼女――早乙女が俺に話しかけてきたのは、とある日の放課後。
 両手を合わせて、土下座せんばかりの勢いで机に頭をこすりつけている。
「お願いがあるんだよっ!」
「???」
 早乙女とは別に何かをお願いされるような親密な仲ではない。ちょっとしたことで会話する程度だ。小さな頼みごとだったら同じグループの女子に言えばいいのに。
「三科ってVTuberに詳しいよね?」
「は⁉ なんでそんなん知ってんだよ⁉」
「だって休み時間にスマホで見てたじゃん! VTuberのライブ配信のアーカイブとか、アメノセイの歌ってみた動画とか! あと、小林たちともライブイベントの話とかしてたし!」
「だ、だ、だからなんで知ってんだよ⁉︎」
 どんだけ俺のことに詳しいんだコイツは。
 俺を調べるってことは……俺のことを――?
 いや、そんなはずはない。頼みごとがあると言ってたじゃないか。
「それでね、それでね、三科にしか頼めないことなんだよ!」
「俺にしか……?」
 ホラ早乙女もそう言ってるじゃないか。
 落ち着け俺。期待するな!
 ――とはいえ、まったく見当がつかない。
 VTuberと俺と早乙女との相関関係がまるで思いつかない。
 早乙女がVTuverに興味があるなんて、今まで知らなかった。
 もしかしてイベントのチケットが欲しいのか? いやいや俺だってPCに張り付いて手に入れたのだ。興味があるなら自力で――

「あのね、私、VTuberになりたいの」

 ――は?
「ああいうのって、なるの難しいんでしょ? 芸能事務所みたいなものもあるし。あとパソコンとかで難しいソフトとか使いこなさないといけないんでしょ? そういうの、全然わかんなくて」
「あ、おう……」
「イラストならね、少しだけ描けるんだよ。だけど、3Dモデル……? とか、ああいうのはさっぱりなの」
 グイグイ近づいてくる早乙女。
 近い、顔が近い。
「…………」
 だけど目は真剣だ。
 本気――なのか?
「ごめんね、いきなり変な話して。やっぱり無理だよね。難しいよね」
「なぁ、早乙女」
「え?」
「お前さ、本当にVTuberになりたいの?」
「……だからそう言ってんじゃん。なんだよ、どうせ何も知らないよ。なりたいなって思っただけだよ。バカげた話だってわかってるよ。ダメモトで言ってみただけだよ」
「あのな早乙女、ひとつ言っとくぞ」
「……なに?」
「VTuberになるのって、めちゃくちゃ簡単なんだ」

 誰もいない放課後の教室で、ルーズリーフに簡単な絵を描く。
 その間、早乙女は近くのイスを引っ張り出してズルズルと持ってきた。
「VTuberってのは、Youtuberの派生だ。動画の投稿はYoutuberが配信するのと同じやり方でいける。ほら、よくスマホで撮影した動画をそのままアップロードしてる人いるだろ?」
「うんうん」
「それと同じだよ。誰でも動画をアップロードできる」
「嘘だぁ。だってスマホ動画はリアルじゃん。現実のものを撮影してるんじゃん。バーチャルな身体で撮影するのって、すごい機材とか必要じゃん」
「そうでもないんだよ。そのバーチャルな身体を用意するのって、お前が思ってる以上に簡単なんだよ」
「そうなの?」
 きょとんとする早乙女に、俺は自信をもって頷く。
「プロ用から素人用まで色々取りそろえております」
「ぜひご教授を、先生!」
 早乙女はイスから身を乗り出して俺に迫る。だから顔が近いっての!
 つーか、普通に可愛いんだからYoutuberデビューしてもイケるんじゃないのか? いやでも声はもっといいし、アクションも大げさだし、これはVTuberのほうが向いているんじゃ……。
「三科? はやく教えてよ」
「あ、悪い」
 俺はルーズリーフに三つの単語を書く。
「VTuberに必要なのは、三つだ。〝心〟と〝技〟と〝体〟」
「心技体ってやつ? 体はわかるよ、バーチャルなものでしょ? でも心と技って?」
「〝話者〟と〝コンテンツ〟。いわゆる〝中の人〟と〝話す内容〟だよ。ガワだけ[揃{そろ}]えても、動画の中身がつまらなかったら意味ないからな。ていうかそもそもお前、VTuberになって何するつもりだったの?」
「……あのね、好きな人に告白しようと思って」
「え?」
「知ってるかな……剣道部の[石井{いしい}]くん」
「石井……」
 あいつか。
 ……ああ、知ってる。うん、男の俺から見てもカッコ良くてイイ奴だよ。
「彼もVTuber好きなんだって」
「……それだけ?」
「うん! 別にデビューして人気者になりたいとか、そういうんじゃないの! ただ告白できればそれでいいの!」
「あー……はー……うん、そうか……そっか」
 好きなヤツがいるのか。
 ま、そりゃ……そうだよな。
 俺なんかを好きになってくれる――そんな[淡{あわ}]い期待を少しでも[抱{いだ}]いた俺がバカだった。常識的に考えて、そんなわけねーっつーの。
 俺の胸の奥に、何かが冷たくストーンと落ちる。
 早乙女に好きな人がいる――
 という言葉を脳が受け入れても、心の奥底で受け入れきれない俺自身がいるんだ。
「三科?」
「え、あ……」
 言葉が出ない。
 なんて言うんだっけ、こういう時。
 切り替えろよ、俺。
 好きな人には、好きな人がいた。
 それだけの話だ。よくある話じゃないか。
「聞いてる?」
「ああ、うん、ええと」
 強引に心を切り替えようとする。
 そうだ、早乙女の頼みごと。目の前の問題を――
 え?
 話を切り替えようとして、もっとおかしな現実に直面する。
「好きな人に告白するのに……VTuber?」
「うん」
「普通VTuber好きだからって、VTuberで告白しようとするか……?」
 回りくどすぎるだろ。
 直接言えばいいじゃないか。なんならLINEやメールだって。
 ……いや、俺だって難しいけどさ。
「……だって」
 早乙女は視線を[逸{そ}]らして、照れながらこう答えた。
「VTuberって、可愛いじゃん。あと動画なら撮り直せるし、私の変な顔見られないで済むし」
 顔を隠して何度でも撮り直せる――確かにそうだ。
 リアルの告白だとテンパって失敗するかもしれないが、これなら。
 いや、でもそれだったら古くからある別の方法が――
 あ、そうか。
 これも一種の 〝ラブレター〟なんだ。
 何度でも書き直せて、自分の言いたいことを一方的に相手に伝えられる。
 そういうことだろ?
「動画のラブレター……か」
「ああ、そうそう、そういう感じ! いい表現するね三科!」
「なんだよ、何も考えてなかったのかよ!」
「えへへ」
「まぁ……いいか」
 そういう天然さもVTuberに求められる要素だ。
「わかった、明日またここで話そう。色々準備してくる」
「マジで⁉ ありがとう三科!」
 頭の中ではすでに算段を[整{ととの}]えている。
 なにしろ[途方{とほう}]もない夢ではなく、誰でも叶えられるものだからだ
 俺は彼女の恋を応援したい。
 理由? そんなの単純だよ。
 好きだからに決まってるじゃないか。
 何だってそうだろ?
 ……ま、意地みたいなものもあるんだけどさ。

    *

 目的を最初に話してくれたのは、悲しいけどありがたかった。
 早乙女が求めているのは、短時間の動画。それもライブ配信ではなく、単一の。
 それなら話は簡単だ。
「まず早乙女が一番気にしていた〝ガワ〟から作っていこう」
 翌日の放課後、誰も居ない教室で、俺は自宅から持ってきたノートPCを開いて早乙女に見せた。必要な情報やソフトはすべてこの中にインストールしてきた。
 もともとVTuberの中身について興味があったんだ。動画を観るだけじゃなく、作ってみたいと前から思っていた。
 ただ、俺の能力じゃ無理だった。
 どれだけ可愛いモデルを作っても、俺じゃできない理由があった。
 でも、彼女なら――
「ノートパソコンで全部できるの? こういうのって難しいソフトが必要なんじゃないの? 動画作るならでっかいパソコンが必要だって聞いたけど」
「それはプロの話な。商用で作るようなオンリーワンの3Dモデルを作るとなると『Unity』や『Blender』みたいな本格的な描画ソフトが要る」
「どんなソフトなの、それ?」
「3Dならなんでも作れると思っていい。人間からビルから空想の産物から――とにかく自由に作れるソフトだよ」
「とにかく自由に……それって逆に難しいよね」
 その通り、なんでも作れるソフトとは白紙の紙のようなものだ。絵の具やペンを潤沢に渡されても、プロの絵描きと素人では同じ紙でも描けるものが違う。
「三科もそれ使うの?」
「無理無理。簡単なキャラくらいなら作れるけど、人様に見せられるようなもんじゃない――で、だ。そこでこういうソフトを使う」
 俺がソフトを起動すると、可愛い女の子のキャラが画面に現れた。
 中央に表示される女の子の隣には、ゲームのパラメータのような枠が。その枠の中には服や顔のパーツが表示されていた。
「このソフトは、あらかじめキャラクターが用意されてる。そいつのパーツを変えて自分だけのモデルを作るタイプのソフトだ」
「ゲームのキャラを作るみたいなヤツか。どれくらい変更できるの?」
「ええと、身長体重、目鼻口耳、髪型髪の色、肌の色、肩幅、胸や尻やふくらはぎのサイズや服とその柄と――」
「多すぎっ!」
 そう、選択肢が多いからこそオリジナルのモデルが作れるんだ。顔パーツひとつとっても、瞼の形から目尻の角度、口角の上下など細かく設定できるものもある。誰が作っても違うキャラになるだろう。
「ちなみにこの『Vカツ』や『カスタムキャスト』はPC版もスマホ版もある。似た感じの『Vroid』はPC版だけしかないけどな」
「え、スマホで作れるの?」
「作れるどころか、配信もできるぞ。スマホカメラで配信してるプロVtberもいるだろ」
「どれどれ……あぅ、私のスマホ古くて対応してない……」
 がっくりと肩を落とす早乙女。
 しかし俺が早乙女に勧めたいのは、このソフトでもない。
「と、ここまで紹介したけど、別に3Dモデルにこだわる必要もないんだ。実はすでに早乙女のモデルは作ってある」
「え、そうなの⁉︎」
「それが……コレだ」
 画面上に映し出されたのは、一体のキャラ。
 ゆるキャラのように可愛らしい女の子。
「あ、これ私が描いたイラストじゃん!」
 三頭身にデフォルメされているが、早乙女のように大きな丸い目と薄い唇。セミロングの髪。そしてウチの学校の制服。なにより笑った顔が彼女にそっくりだ。
「昨日『こんな感じのがいい』って伝えるために描いた、テキトーな絵だったのに……」
 それがアニメのように笑顔になったり口を開いたりして動くんだ。
「Cubismってソフトで俺が作った」
「え、だって私が描いたのってただの絵だよ? どうやって動かしたの?」
「Live2Dっていう技術があってな。文字通り[二次元{2D }]の絵を[生きてる{Live}]ように動かすんだ。本当は全部CGでやるんだけど、スキャンした画像を目や鼻や口のパーツごとに分解して強引にCGにすることもできる。〝ふくわらい〟みたいな感じだよ」
「でも私、閉じた目とか口とか描いた覚えないよ?」
「あ、それは俺が描いた。元の絵を参考にして、昔取ったナンチャラってやつで」
「はぁー……三科ってすごいね……」
「パーツさえあれば誰でもできるんだって。今回は早乙女がイラスト描いてくれたからできたんだ。イラストを描けないって人は、さっき言ったようなソフトもあるし」
 すると早乙女はモニターを見て、何かに気づいたように固まる。
「あ、あのさー、三科……さん?」
 途端に青ざめた顔で俺の肩を[揺{ゆ}]する早乙女。
「な、なんだよ急に改まって」
「作ってもらってから訊くのもアレなんですけど……こういうソフトって、お高いんでしょう? 私、お金あんまり持ってないから……」
「いや、ソフト自体はタダだよ?」
「え、このキュビっていうソフト? 本当に?」
「いやCubismだけじゃなくて、さっき見せたソフト全部。プロ仕様のも含めて」
「マジでっ⁉︎」
 正確にはライセンス料がかかるソフトも存在する。が、同じソフトでも無料の個人用と、プロ仕様の有料で機能が違うってだけの話。個人用の3Dモデルを作るだけだったら、全部無料だ。
「はぇー……ホンットーに簡単に作れるんだね。誰でも作れるんじゃん」
「だから最初からそう言ってるだろ……!」
 ツッコミを入れる俺をよそに、早乙女はモニターの中で動く「チビ早乙女」を楽しそうに見つめていた。俺からマウスを奪い、色々な反応をさせて楽しんでいる。
「……ま、これは方法のひとつってだけだ。今の早乙女でも作れそうなやり方を使っただけで、もっと楽な方法ももっと大変な方法もある」
 こうして作らなくても、誰かが作った無料のモデルを使うという手もある。なんなら値段をつけて売り出されているモデルを買うこともできるんだ。
「これなら私でもできそうだよ! 自信ついてきた!」
 そう、外側を作るのなんて簡単なんだ。
 いや、もちろんソフトの操作や自分に合ったキャラを作るセンスは必要だけど、そんなものはこれからの作業に比べたらまだマシなレベルなんだ。
 きちんと作り方を学べば、誰だってある程度のものは作れるんだから。
 問題はここから。
 この「チビ早乙女」を、どう動かすか――なんだ。

「なにこれ、動いてる動いてる! わーい!」
 ノートPCの前で首を動かしている早乙女。その動きに合わせて、モニタのチビ早乙女も動いている。早乙女の瞼の動きに合わせて目を閉じたり、口が開くたびに画面のチビキャラもパクパクと何か[喋{しゃべ}]る仕草をする。
「ねぇねぇ、こんな簡単に動くの? もっとこう、VRのアレとか頭にかぶるもんだと思ってた!」
「ああ、もちろんそういうやり方もあるよ」
 キャラを動かすために必要なのは、カメラだ。
 VR機器を使えば頭の位置や手の動きを正確にトレースしてくれる。さらにプロはもっと細かいモーションキャプチャー機器を身体につけて動かす。
 が、どんな機材を使おうが、認識するのはカメラだ。
 逆にいえば動きを認識するカメラさえあればいい。
「ノートPCのカメラでも、顔の動きくらい検知できるんだよ。デスクトップPCだって1000円くらいのカメラ買えばいいし」
「おおう……とうとうお金が必要な話になってきた」
「あと、このキャラを動かすソフト、FaceRig。これも1000円くらいのソフトだけど、セールの時は半額くらいで買える」
「やっす!」
「当然、無料で動かすソフトもあるし、カメラだってスマホ使えばいいし、金かけずにやる方法はいくらでもある」
「へぇ~……あ、私がウィンクするとこの子もウィンクするんだ!」
 半分聞いてないな、こいつ。
 キャラを動かすのが楽しくて、ずっとバタバタしている。
 鳥のように手足を羽ばたかせ、首を左右にぶらぶらと動かす早乙女。
「へへー」
 ニンマリと笑う彼女。
 画面の中のチビ早乙女もシンクロして笑っている。
 VTuberは可愛いから、という理由でこの手法を選んだ早乙女。
 だけどこうして画面の中と外で笑ってるのを見ると、二人とも可愛い。
 この魅力をどうにかして伝えねば――
 ミニ[早乙女{外見}]だけじゃなく、[早乙女{中身}]もな。
「ねー三科。続きは?」
「え、あ、悪い」
「もー、ちゃんと見ててよねー」
 お前が言うのかよ!
 俺も……その、見とれてたけどさぁ!
「声……は、そのままでいいか。ボイスチェンジャーなんて使ったら、誰の告白かわからなくなっちまう」
「ボイスチェンジャー使ってる人もいるんだ」
「そりゃバーチャル空間の中くらい性別変えたいって人は多いよ」
「もしかして、そのボイスチェンジャーも……無料……?」
「無料のソフトもあるぞ。ただ限界はある。ガチで別人の声になりたかったら、そこそこの機材が必要になる」
 といってもフリーソフトだって、声色をきちんと作れば性別逆転くらい可能だ。そこは演技力でカバーしてほしい。
「ねーねー三科。なんでこれ、後ろが緑色なの?」
 チビ早乙女が動いているのは一面が緑色の空間。
 他にはいっさい何もない、グリーンな部屋だ。
「CG撮影現場とか見たことないか? 背景が青だったり緑だったりするんだけど、あれは人間だけ撮った後、背景を別のものと合成するためにあるんだ」
「切り取るのに緑色が必要なの?」
「緑色の部分だけ切り取るんだ。そうするとチビ早乙女だけ残るってわけ。で、他の背景にチビ早乙女を映し出すんだ」
「はー、なるほどねー」
 深く[頷{うなず}]く早乙女とチビ早乙女。
「じゃあさ! ブロードウェイの舞台とかで歌わせられるの⁉」
「背景変えるだけだから、宇宙空間で踊ることもできるぜ。どんな背景で撮りたい? あ、もちろん著作権とかダメなヤツはやめろよ」
「んーとね、それじゃあ……」

 背景は後でなんだって合成できる。
 OpenBroadcasterSoftwar、略してOBSと呼ばれる無料ソフトを使えば、話しているキャラと背景を好きに合成して録画ができる。
 それを動画として編集するなら、AviUtlというソフトがオススメだ。
 慣れるのには時間がかかるが、そんなものはネットで使い方を学べばいい。今の早乙女のように困っている人のために、一から一〇まで使い方を説明してくれるサイトがたくさんあるんだ。その通りにやれば、それなりのモノは作れる。
 ――早乙女はVTuberになる方法を[尋{たず}]ねた。
 だから俺はそれに答えた。
 そう、簡単なんだ。
 無料ソフトを紹介することなんて、誰にだってできる。
 問題はそのソフトで編集するべき中身なんだ。
「…………………………! ……………………!」
 俺は教室の外でスマホをいじっている。見張りも[兼{か}]ねて、だ。
 今だけは教室に誰も入れさせない。
 中で早乙女が収録しているからだ。
 〝ラブレター〟を届ける相手、剣道部の石井に向けた言葉を何回も繰り返している。
 家でやればいいものを、「テンションが上がった今しかない」って言って、そのまま教室で撮るハメになったのだ。
 依頼されてから、たった二日。
 かかった費用は2000円弱。
 これだけでVTuberになれちまうんだ。
「…………………………………………………! ……………! ………………」
 教室の中から、早乙女が強く何かを[訴{うった}]えているのがわかる。
 具体的な言葉までは聞き取れないが、必死に言葉を[紡{つむ}]いでいるのは伝わってくる。
「…………んー…………ダメだ……」
 しばらくの沈黙の後、マウスをクリックする音。
 また撮り直しだ。もう何十回も繰り返している。
 それでいい。ライブ配信じゃないんだから、何回でもやり直せばいい。
 ラブレターは何回でも書き直すことができる。動画だって同じだ。
 [納得{なっとく}]のいく言葉が生まれるまで、撮り直すんだ。
「…………………………………………! …………!」
 なぁ、石井よ。
 よかったな、お前。
 お前に最高の言葉を届けるために、早乙女がこんなに頑張ってんだぞ。
 何度も何度もやり直して、一番イイ言葉を撮ってるんだ。
「……………………これなかなかイイかも…………んー、やっぱもう一回!」
 飾らない言葉でありのままの自分を、ってのもアリだと思う。
 だけど納得がいくまで飾って、最高の状態を見て欲しいって気持ちもわかるんだ。
 ラブレターって、そういうもんじゃないか。
 俺は飾れない。
 飾る勇気がなかった。
 もし俺もあんな風にアバターを作って、告白する勇気があったら。
 あったら、今ごろは――
「…………」
 いや、違うな。
 できなかったからこそ、今こうして早乙女の力になっている。
 誰にも見せた事がない、彼女の努力を後押しできている。
 それが嬉しくもあり――
 やっぱり、悲しい。
「……………………」
 動かないスマホの画面。
 無造作に[滑{すべ}]らせる指は、何もタップしていない。
 ――頑張れ、早乙女。
 壁越しに、俺の背中が叫んでいる。
 好きな女子が好きな男子に告白するのを、全力で応援することしかできない。
 早乙女は完璧人間ではない。むしろドジな部類だ。
 よく間違えるし、勘違いも多いし、どこまでも突っ走るアホの子だ。
 そんな彼女が突っ走るのを見ているのが好きだった。
 だから、俺は――
「三科! 三科! できたよ!」
 教室の扉が開き、高揚して頬が赤い早乙女の顔が出てきた。
「サイッコーの告白が撮れたよ!」
 知ってる。
 声は聞こえなくても、その顔を見ればわかる。
「じゃ、録画したファイルを俺が編集するよ。おつかれ」
「う……やっぱり三科がやるんだよね? 私の告白、見ちゃうんだよね?」
「自分で編集するか? やり方教えるぞ?」
「……無理」
「だろ? いいから任せとけ」
 俺は拳を突き出して、精一杯の笑顔を見せる。
 アバターがない俺にとっては、これが全力の[擬似的{バーチャル}]な態度だ。
「見てろよ早乙女。最高の動画に仕上げてやる」
 さあ、ここからは俺の仕事だぞ。

    *

 ミニ早乙女の動画と、教室の背景を同化させる作業。
 普段から慣れ親しんでいる教室を背景にして欲しいと、早乙女は頼んだ。そこだけは等身大の自分でいたかったのだろう。
『――初めましてじゃないけど、初めまして! 早乙女[由{ゆ}][那{な}]ですっ!』
 自宅の部屋に、女の子の声が響く。
 挨拶の出だしから少し[掠{かす}]れて聞こえるので、少しだけ強調するエフェクトをかける。
『今日は石井くんに言いたいことがあって、バーチャルな私になってみました! だってそうしないと面と向かって言えそうにないから!』
 セリフとセリフの間が少し間延びしているので、1秒以下の短い時間の沈黙をカット。どれだけカットしても背景に不自然さはないのが3Dモデルのメリットだ。
『石井[和{かず][明{あき}]くん! 初めて会った時から――ウソです、二年になった時くらいから好きでした! ずっとずっと好きでした!』
 画面の向こうの相手に向かって叫ぶ早乙女。
 〝余計な部分〟をカットするのが俺の仕事だ。
 つまり石井に届くのは、〝余計な部分〟がない完成品。
 届かないところは、俺だけが見ることができる。
 カットされなかった早乙女の言葉は、俺だけのものだ。
 だから――
『球技大会の時、覚えてますか? 私がボールにぶつかって鼻血を出した時、真っ先に駆けつけてタオルで鼻を押さえてくれたよね? 自分のジャージが血まみれになっても私を助けてくれた時、とてもドキドキしました!』
『他にも剣道部の練習で先輩に勝った時とか、[沢野{さわの}]くんや[司田{しだ}]くんと笑い合ってるところとか、あと、他にもいっぱい好きなところがあります!』
『私はいいところあまりないけど、石井くんのいいところはたくさん言えます!』
『もしよかったら、私と――バーチャルじゃない私と付き合ってくれませんか!?』
『お返事待ってます! もちろん動画じゃなくていいです!』

『突然こんな姿でごめんなさい。でも、思ってることをちゃんと伝えたかったから、私にできる一番のやり方で、頑張って、と、撮りました!』

『以上、バーチャル早乙女でした! 観てくれてありがとー!』

『あれっ、ええと……終わったらこの赤いマルのところクリックすればいいのかな』

『……………………』

『……あとは……三科にやってもらえばいいのかな』

『…………ちゃんと……撮れてるかな』

『石井くん……引かないかな』

『怖いよ』

『届くかな。届いて欲しいな』

『お願いね、三科。届けてね。お願いだよ』

 そして三日後。
 放課後の教室に悲しくも騒がしい足音が響き渡る――

「うおおおおおおお~ん! フラれた~っ!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ごめんよ三科ぁっ! せっかく作ってくれたのにっ!」
「ええええ……何がいけなかったんだ……動画の[尺{しゃく}]か? もうちょっと間延びしてるところカットすればよかったかな……?」
「いや動画とっても良かったよ?」
「だとしたら何が原因だ? お前ちゃんと動画観せたんだろうな?」
「観せたよ! ちゃんとYouTubeにアップして、動画のアドレスを手紙にして渡したよ! 石井くん、ちゃんと観てくれたって言ってた! すごく面白がってくれたよ!」
「じゃあなんでダメだったんだよ! あれで落ちない男なんていねーだろ!」
「石井くん、もう彼女いるんだって」
「あ……そうなの」
 つか最初に確認すべきとこだろうが!
 なんで知らないんだよ!
「マジか~……彼女持ちかよ~……」
 脱力して机に突っ伏してしまう。
「先週から付き合い始めたんだって~……」
 早乙女も同じようにヘロヘロと机に突っ伏した。
「ごめんね三科」
 ひとつの机に二つの頭。
 吐息を感じるほど近くにいる早乙女。
「ここまで手伝ってくれたのに、なんにもお礼できない」
「いいよ、俺も楽しかったし。フラれたヤツに請求するほどクズじゃねーし」
「うん、イイヤツだね三科は。知ってた」
 [褒{ほ}]め言葉じゃないよなー、この状況だと。
 でも、本当に楽しかった。
 本気の恋を応援するのって、こっちも本気になる。
 ――そういや全力で何かを作ったの、初めてかも。
 もしまた機会があれば……。
 いやいや、もう早乙女はフラれたんだ。仮にフラれなかったとしても、もうVTuberになる必要はないんだ。
 などと考えていると――
「あれ?」
 早乙女のスマホが震えた。
 頬を机につけながらスマホを取り出し、画面を見る早乙女。
「えっ、石井くん?」
 目を見開いてLINEの文字を読む。
 見るつもりはなかったが、俺はついその内容を目で追ってしまった。

『早乙女、大変だ! お前が作ったあのVTuber動画、すごい勢いでSNSに拡散されてるぞ!』

「えええええっ⁉」
 慌てて俺もスマホに動画のアドレスを入力する。
 すると再生回数がとんでもないことになっていた。
 数万……いや、もうすぐ10万再生に届こうとしている!?
「な、なんで⁉ どうして⁉」
 同じ様に困惑する早乙女。

『確かに広まってもおかしくないくらいイイ告白動画だったよ。あ、もちろん広めたの俺じゃないからな! 本当だぞ!』

 文面から石井も慌てているのがわかる。
「なんで⁉ なんで⁉ なんでーっ⁉」
「バズる理由なんてわかんないよ。ただひとつだけ言えるのは――」
 俺は動画の詳細情報を見て確信する。
「早乙女……お前これ〝視聴制限〟かけてなかったろ。アドレスを直接入力した人にしか見られない設定じゃなくて、〝世界中の誰でも観られる設定〟にしてあるぞ」
「うそぉ⁉ 言ったっけ?」
「言ったよ! 投稿のやり方ちゃんとLINEで教えたろ!」
「あホントだ……緊張してて見てなかった」
「どうすんだよコレ! 削除するか?」
「そりゃもちろん……あ、でも消すのはもったいない……かな」
「なんでだよ⁉ だってお前の告白動画だぞ?」
「だって、せっかく三科が作ってくれたものだし」
「…………」
「でしょ?」
「いや、でも」
 どうしていいかわからない俺たちに、またしても石井のLINEが。

『なぁ、せっかくだから続けてみれば?』

 なにを言ってんだこの男は。

『素人が作ったにしちゃ、すげークオリティ高かったし! なにより早乙女の声、すごくVTuberに合ってるし! 俺、また観てみたいよ!』

「……無責任なこと言いやがって!」
 あくまで外野だから言えるんだぞ。
 それにこれは〝ラブレター〟なんだ。一回限りのネタなんだ。
 もう一回やれって言われたって、早乙女だって――
「……三科、見てこれ、YouTubeのコメント――『私も告白する勇気をもらいました』、『妻にもう一度プロポーズしたくなったよ』って、他にも『また観たい』って人が」
「早乙女、お前……」
「ど、どうしよ……もう一回、できるかな?」
「なにやる気出してんだよオイ! あれはあの時の一回限りだから良かったんだ!」
 俺を見るその目は、何を期待しているんだよ!
「やらないからな! 俺はもう絶対にやらないぞ!」
「……ホントに?」
「……………………」
 それからどうなったかは――
 また、別の話だ。

おわり

    *

【あとがき】

 どうも皆様こんにちは田口仙年堂と申します。
 普段はDMM様のソシャゲのシナリオ等を書きつつ、たまに小説を出しております。シナリオライターとライトノベル作家、半々くらいの割合で色々と書いてます。