著者/原 雷火の作品 「アメノセイ逃亡中~生存確率○○○% ガチde鬼ごっこ~」(試し読み)

 湿った緑の匂いで目が覚めた。薄暗い小さな[洞窟{どうくつ}](?)にボクは独りぼっちだ。お[尻{しり}]のあたりがなんだがしっとりしてて、居心地が悪い。
 すぐ目の前が洞窟の出入り口で、視界を[塞{ふさ}]ぐように薄暗い森が広がっていた。洞窟といっても広さも深さもない巣穴みたいだ。そんな中で腕組みしながら考える。
「ボクはいったい……誰? ここは……どこ?」
 思い出そうとすると、なんだか頭の中にもやがかかったみたいで、記憶がはっきりしなかった。もう一度、目の前に[生{お}]い[茂{しげ}]る緑の森を見つめる。
 地面には所々に水たまりができていて、葉っぱも露に濡れていた。
 どうやら一雨あったみたいだ。けど、ボクは濡れていない。もしかしたら、雨よけにこの洞窟に入っていたのかも?
 雨……雨……雨……。
「雨のせいでこんなところに……あっ」
 何気ないひとり[言{ごと}]だったけど、それで一つ思い出した。
「ボクの名前はアメノセイだ」
 なんだかうれしくなっちゃって、立ち上がったらゴツンと頭を天井にぶつけた。
「あいたたた……あれ、なんか抜けないんだけど」
 何かが低い天井に刺さったみたいな感触だ。首をぐりんぐりん振ってるうちに、ずぼっと頭上で音がして、やっと自由を取り戻した。
 見上げると、天井にドリルで開けたような穴ができていた。
「うーん、どうしてこうなった?」
 頭をぶつけたのでたんこぶができてないかさすってみると……あれ、あれあれあれ?
 ボクの頭にはとがったツノが生えていた。うーん、ツノだよこれ結構堅いし。
 ボクっていったい何者なんだろう?
「っと、雨も止んだみたいだし、ずっとこんなとこにはいられないよね」
 考えていたって何も始まらない。
 お尻のあたりをパパンッとはたいて、今度は頭をぶつけないよう身をかがめながら、ボクは外に出た。
 空は[曇天{どんてん}]だ。時々、雲の切れ間から青い色が見え隠れしてる。
 出てすぐのところにも大きな水たまりがあった。のぞき込んでみると、ボクのかわいい顔が浮かび上がる。気になる髪型をチェック。ツンと外に飛び出している部分がある。
 うーん、ツノかぁ。ツノだよなぁ。やっぱりこれ。
 前髪はさらさらなんだけど、ツノっぽいアホ毛に見えるそれは、触ってみるとツンツン堅かった。
 あっ、ちょっと前髪そろってないかも。ちゃんと整えておかなくちゃね。
 そんなこんなで身だしなみチェックを終えて振り返る。
 ボクが洞窟と思っていたのは超でっかい大木だった。その幹にできた[洞{ほら}]の中にいたみたいだ。
 それにしてもおっきいなぁ。見上げれば首が痛くなっちゃうよ。幹の周りを囲むのに、両腕を広げたボクが十人くらいは必要かもしれない。
 って、なんだか[寂{さみ}]しくなってきた。右も左も解らない森の中で独りぼっちだなんて。
 ボクは大樹の表皮に触れて言う。
「さっきは頭突きしちゃってゴメンね。雨宿りさせてくれてありがとう」
 風が吹き抜けて木の枝を揺らした。うん、声が返ってきて導いてくれるとか、そういうことはないんだね。
 あーもう、これからどうすればいいんだろう。
 大樹に背を向けうつむいて途方に暮れて、がっくり肩を落とすと――
 ヒュンッ! と、ボクの耳元を〝何か〟が空を切り裂きかすめていった。
 直後にズバンという音がして、振り返る。大樹の幹に矢が刺さってる。
「え⁉ ちょ! 待って! タンマタンマ!」
 いきなり[狙{そ}][撃{げき}]? デスゲーム? ボクは[慌{あわ}]てて木の裏手側に回り込んで隠れた。
 矢が飛んできたのは洞の空いた方の森、その奥からだ。
 シーン……と、森は静かだった。恐る恐る顔を木の裏手から出してみる。
 ギャワーギャワーバッサバッサ!
「うわああああああああああああ⁉」
 ちょうどのタイミングで、奇妙な声を上げる鳥の群れが森の木々から飛び立った。
 ああもう心臓が止まるかと思ったよ。
 記憶は無いし頭にはツノが生えてるし、いきなり命を[狙{ねら}]われたかと思ったら驚かされるし。
 じっと待つ。時間だけが過ぎていく。
 矢は最初の一発きりで、それ以上は飛んでこない。ボクが姿を現すのを待ってるのかな?
 ボクは身を低くして、大樹の裏手から矢をチラっと確認した。
 鋭い[鏃{やじり}]が大樹の幹に深々と突き刺さっている。もし一歩、ボクがずれていたら……あんまり想像したくないかも。
「あれ? なんだろ。なにかくっついてる」
 よく見ると矢の[矢{や}][幹{がら}]部分に小さな紙がくくりつけられていた。
「これって……矢文かな?」
 警戒しながら矢のところにいくと、ボクは矢を引き抜こうとした。んぐおおおお! あっ、これ深く刺さっちゃって抜けないパターンのやつだ。もたもたしてはいられないので、手紙だけとって、もう一度、大樹の裏に滑り込むように戻った。
 なぜだろう。危険とわかっているのに、矢文を見ると確認せずにはいられないんだ。
 ともあれ、なんでもいいから情報が欲しかった。
「えーとなになに」
 手紙を開くと、矢が[飛{ひ}][翔{しょう}]する間に、木々の葉っぱについた雨のしずくで濡れちゃったのか、文字がにじんで半分くらい読めなくなっていた。
「……チになれ」
 かろうじて読めたのはそこだけだ。チになれ? 血になれ……血や肉になれってこと?
 殺害予告ですかー⁉
「無理無理無理無理絶対無理だから怖いからちょっとやめてよおおおおおおおおお!」
 こんな殺人[狩人{かりうど}]がいる物騒な森の中になんていられるか! けど、どっちに逃げたらいいんだろう。
 また、風が木々を揺らした。かすかに[潮{しお}]の匂いがする。
「ともかくあっちだ!」
 ボクは潮の匂いを追いかけて、風上に向けて走り出した。今はこの森から脱出しないと、アメノセイじゃなくてヤブサメイ(の的)とかに、近々改名することになっちゃうかもしれない。
 五分もしないうちに森を抜けて、潮の匂いに追いついた。ぱっと視界が開けて水平線が目の前に広がる。
 白い砂浜だ。エメラルドグリーンの海がどこまでも続いている。先ほどまでの[曇{くも}]り空も風に吹かれて、いつの間にやらお天気は快晴だった。
「うわあああああ! 海だあああああ!」
 なんでだろう。妙にテンションが上がっちゃった。これは得意のバタフライ泳法を[披{ひ}][露{ろう}]するチャンスだね!
 って、誰も見てくれる人なんていないんだけど。水着も持ってないんですけど。というか、バタフライってカッコイイなぁと思って言ってはみたけど、ボクって泳ぐの得意だったっけ?
 ともあれ、森からホッケーマスクの殺人鬼みたいなのは、追いかけてこなかった。
「誰かいませんかー⁉」
 ザザーン……ザザーン……。
 声は大海原に飲み込まれて、返ってくるのはさざ波の[音{ね}][色{いろ}]だけだ。
「まいったなぁ。けど、くよくよしててもしかたないか!」
 このまま海沿いを歩いていこう。そのうち村とか港町とか、トロピカルな感じのレジャービーチやお金持ちのプライベートビーチなんかがあるかもしれないし。
 森でいきなり「血になれ」とか、SASTUGAI宣言されたのが嘘みたいだ。
 日差しもだんだん温かくなってきた。お腹もちょっぴり空いてきたし、お昼が近いのかもしれない。近くに海の家とかコンビニでもあればいいんだけど。
 そんなことを思いながら潮風を頬に受けつつ、ボクは希望を胸に海岸線に沿って歩き出した。
 途中、なんとなんと港みたいなものを見つけた。けど、手入れとかはあんまりされてない感じだった。ボロボロに[朽{く}]ちた船の[残骸{ざんがい}]が、[係{けい}][留{りゅう}]されたというよりも、半分打ち上げられちゃってて、[廃墟{はいきょ}]感がやばい。
 そこかしこに、何の動物のだかわからない白骨が転がっていた。
「うーん、もっと先に行けば、きっと新しい港とかあるんじゃないかなぁ」
 ちょっと人間の[頭{ず}][蓋{がい}][骨{こつ}]っぽいのがあったんだけど。しかも顔の左半分が崩れちゃってて、死因が素人でも想像ついちゃう感じなんですけどぉぉ!
 うん、見なかったことにしよう。
 それからどれくらい経ったのだろう。二時間くらい海岸線を歩いて、ボクはまた港みたいなものを見つけた。ほかにコンビニも海の家も無かったから、お腹はますますペコペコのグーグーだ。
 港(?)には、やっぱりさっきと同じような船の残骸があった。
 顔の左半分が崩れた頭蓋骨も浜辺の砂に置かれたままだ。
「もしかして……」
 島だった。一周したのだ。このまま海岸線をいくら歩いても、リゾートビーチにもコンビニにもたどり着くことはないんだ。
 身体から力が抜け落ちて、ボクは膝を白い砂の上についた。
「終わった。ああ、終わったよボクの人生!」
 頭を抱えると、ついツノに触ってしまった。ツンとした感触に自分で驚いて顔を上げる。
 すると、水平線の向こうにいくつもの船が見えた。そこそこ大きな[帆船{はんせん}]だ。マストの[帆{ほ}]はたたまれていた。
 こ、これは……助かった! 渡りに船とはこのことだ。この島から脱出できるぞ!
「おーい! おーい! こっちこっち! 助けてくださああああああい! ボクはここで[遭難{そうなん}]しちゃったんですお願いしますうううううう!」
 立ち上がって両腕を目一杯に振って、ボクは船の方に声を上げる。
 あ、こういう時って[薪{たきぎ}]を集めて[狼煙{のろし}]を上げたりするんだっけ。って、さっきまで降ってた(と思われる)雨のせいで乾いた木なんてどこにもないよ!
 っていうか、ライターとか火を起こす道具もないし。
 ここは自慢の歌唱力で[鍛{きた}]えた自分の声だけで、なんとかするしかない。って、あれ? ボクって歌が得意だったんだっけ?
「おーい! おーい! おーい! るるるるる~♪ らららら~♪ ボクはここだよ~~♪」
 今度は声もさざ波にかき消えることなく、遠く響いて届いたみたいだ。
 船の一団がゆっくりこっちに近づいてきた。ああ、声や言葉を受け取ってくれる人がいるって素晴らしい。
 歌が得意で偉いぞボクってば! これで助かった。助かったんだ。良かった良かった。
 船の方からも人影が、望遠鏡みたいなのでこっちを確認すると、ボクを指さして手を振った。甲板にぞろぞろと人だかりが増えて山のようになる。
 マストの帆がブワッサアアアっと全開になって、船の速力が上がったみたいだ。
「あれ? え? えっと……」
 帆には頭にツノのついた[髑{どく}][髏{ろ}]マークが描かれていた。

 

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