著者/原 雷火の作品 「アメノセイ逃亡中~生存確率○○○% ガチde鬼ごっこ~

 [湿{しめ}]った緑の匂いで目が覚めた。薄暗い小さな洞窟(?)にボクは独りぼっちだ。お尻のあたりがなんだがしっとりしてて、居心地が悪い。
 すぐ目の前が洞窟の出入り口で、視界を[塞{ふさ}]ぐように薄暗い森が広がっていた。洞窟といっても広さも深さもない巣穴みたいだ。そんな中で腕組みしながら考える。
「ボクはいったい……誰? ここは……どこ?」
 思い出そうとすると、なんだか頭の中にもやがかかったみたいで、記憶がはっきりしなかった。もう一度、目の前に[生{お}]い[茂{しげ}]る緑の森を見つめる。
 地面には所々に水たまりができていて、葉っぱも露に濡れていた。
 どうやら一雨あったみたいだ。けど、ボクは濡れていない。もしかしたら、雨よけにこの洞窟に入っていたのかも?
 雨……雨……雨……。
「雨のせいでこんなところに……あっ」
 何気ない独り言だったけど、それで一つ思い出した。
「ボクの名前はアメノセイだ」
 なんだかうれしくなっちゃって、立ち上がったらゴツンと頭を天井にぶつけた。
「あいたたた……あれ、なんか抜けないんだけど」
 何かが低い天井に刺さったみたいな感触だ。首をぐりんぐりん振ってるうちに、ずぼっと頭上で音がして、やっと自由を取り戻した。
 見上げると、天井にドリルで開けたような穴ができていた。
「うーん、どうしてこうなった?」
 頭をぶつけたのでたんこぶができてないかさすってみると……あれ、あれあれあれ?
 ボクの頭にはとがったツノが生えていた。うーん、ツノだよこれ結構堅いし。
 ボクっていったい何者なんだろう?
「っと、雨も止んだみたいだし、ずっとこんなとこにはいられないよね」
 考えていたって何も始まらない。
 お尻のあたりをパパンッとはたいて、今度は頭をぶつけないよう身をかがめながら、ボクは外に出た。
 空は[曇天{どんてん}]だ。時々、雲の切れ間から青い色が見え隠れしてる。
 出てすぐのところにも大きな水たまりがあった。のぞき込んでみると、ボクのかわいい顔が浮かび上がる。気になる髪型をチェック。ツンと外に飛び出している部分がある。
 うーん、ツノかぁ。ツノだよなぁ。やっぱりこれ。
 前髪はさらさらなんだけど、ツノっぽいアホ毛に見えるそれは、触ってみるとツンツン固かった。
 あっ、ちょっと前髪そろってないかも。ちゃんと整えておかなくちゃね。
 そんなこんなで身だしなみチェックを終えて振り返る。
 ボクが洞窟と思っていたのは超でっかい大木だった。その幹にできた[洞{うろ}]の中にいたみたいだ。
 それにしてもおっきいなぁ。見上げれば首が痛くなっちゃうよ。幹の周りを囲むのに、両腕を広げたボクが十人くらいは必要かもしれない。
 って、なんだか寂しくなってきた。右も左も解らない森の中で独りぼっちだなんて。
 ボクは大樹の表皮に触れて言う。
「さっきは頭突きしちゃってゴメンね。雨宿りさせてくれてありがとう」
 風が吹き抜けて木の枝を揺らした。うん、声が返ってきて導いてくれるとか、そういうことはないんだね。
 あーもう、これからどうすればいいんだろう。
 大樹に背を向けうつむいて途方に暮れて、がっくり肩を落とすと――
 ヒュンッ! と、ボクの耳元を〝何か〟が空を切り裂きかすめていった。
 直後にズバンという音がして、振り返る。大樹の幹に矢が刺さってる。
「え⁉ ちょ! 待って! タンマタンマ!」
 いきなり狙撃? デスゲーム? ボクは慌てて木の裏手側に回り込んで隠れた。
 矢が飛んできたのは洞の空いた方の森、その奥からだ。
 シーン……と、森は静かだった。恐る恐る顔を木の裏手から出してみる。
 ギャワーギャワーバッサバッサ!
「うわああああああああああああ⁉」
 ちょうどのタイミングで、奇妙な声を上げる鳥の群れが森の木々から飛び立った。
 ああもう心臓が止まるかと思ったよ。
 記憶は無いし頭にはツノが生えてるし、いきなり命を狙われたかと思ったら驚かされるし。
 じっと待つ。時間だけが過ぎていく。
 矢は最初の一発きりで、それ以上は飛んでこない。ボクが姿を現すのを待ってるのかな?
 ボクは身を低くして、大樹の裏手から矢をチラっと確認した。
 鋭い[鏃{くさび}]が大樹の幹に深々と突き刺さっている。もし一歩、ボクがずれていたら……あんまり想像したくないかも。
「あれ? なんだろ。なにかくっついてる」
 よく見ると矢のシャフト部分に小さな紙がくくりつけられていた。
「これって……矢文かな?」
 警戒しながら矢のところにいくと、ボクは矢を引き抜こうとした。んぐおおおお! あっ、これ深く刺さっちゃって抜けないパターンのやつだ。もたもたしてはいられないので、手紙だけとって、もう一度、大樹の裏に滑り込むように戻った。
 なぜだろう。危険とわかっているのに、矢文を見ると確認せずにはいられないんだ。
 ともあれ、なんでもいいから情報が欲しかった。
「えーとなになに」
 手紙を開くと、矢が飛翔する間に、木々の葉っぱについた雨のしずくで濡れちゃったのか、文字がにじんで半分くらい読めなくなっていた。
「……チになれ」
 かろうじて読めたのはそこだけだ。チになれ? 血になれ……血や肉になれってこと?
 殺害予告ですかー⁉
「無理無理無理無理絶対無理だから怖いからちょっとやめてよおおおおおおおおお!」
 こんな殺人狩人がいる[物騒{ぶっそう}]な森の中になんていられるか! けど、どっちに逃げたらいいんだろう。
 また、風が木々を揺らした。かすかに[潮{しお}]の匂いがする。
「ともかくあっちだ!」
 ボクは潮の匂いを追いかけて、風上に向けて走り出した。今はこの森から脱出しないと、アメノセイじゃなくてヤブサメイ(の的)とかに、近々改名することになっちゃうかもしれない。

 五分もしないうちに森を抜けて、潮の匂いに追いついた。ぱっと視界が開けて水平線が目の前に広がる。
 白い砂浜だ。エメラルドグリーンの海がどこまでも続いている。先ほどまでの曇り空も風に吹かれて、いつの間にやらお天気は快晴だった。
「うわあああああ! 海だあああああ!」
 なんでだろう。妙にテンションが上がっちゃった。これは得意のバタフライ泳法を[披露{ひろう}]するチャンスだね!
 って、誰も見てくれる人なんていないんだけど。水着も持ってないんですけど。というか、バタフライってカッコイイなぁと思って言ってはみたけど、ボクって泳ぐの得意だったっけ?
 ともあれ、森からホッケーマスクの殺人鬼みたいなのは、追いかけてこなかった。
「誰かいませんかー⁉」
 ザザーン……ザザーン……。
 声は大海原に飲み込まれて、返ってくるのはさざ波の[音色{ねいろ}]だけだ。
「まいったなぁ。けど、くよくよしててもしかたないか!」
 このまま海沿いを歩いていこう。そのうち村とか港町とか、トロピカルな感じのレジャービーチやお金持ちのプライベートビーチなんかがあるかもしれないし。
 森でいきなり「血になれ」とか、SASTUGAI宣言されたのが嘘みたいだ。
 日差しもだんだん温かくなってきた。お腹もちょっぴり空いてきたし、お昼が近いのかもしれない。近くに海の家とかコンビニでもあればいいんだけど。
 そんなことを思いながら潮風を頬に受けつつ、ボクは希望を胸に海岸線に沿って歩き出した。

 途中、なんとなんと港みたいなものを見つけた。けど、手入れとかはあんまりされてない感じだった。ボロボロに朽ちた船の残骸が、係留されたというよりも、半分打ち上げられちゃってて、廃墟感がやばい。
 そこかしこに、何の動物のだかわからない白骨が転がっていた。
「うーん、もっと先に行けば、きっと新しい港とかあるんじゃないかなぁ」
 ちょっと人間の頭蓋骨っぽいのがあったんだけど。しかも顔の左半分が崩れちゃってて、死因が素人でも想像ついちゃう感じなんですけどぉぉ!
 うん、見なかったことにしよう。
 それからどれくらい経ったのだろう。二時間くらい海岸線を歩いて、ボクはまた港みたいなものを見つけた。ほかにコンビニも海の家も無かったから、お腹はますますペコペコのグーグーだ。
 港(?)には、やっぱりさっきと同じような船の[残骸{ざんがい}]があった。
 顔の左半分が崩れた頭蓋骨も浜辺の砂に置かれたままだ。
「もしかして……」
 島だった。一周したのだ。このまま海岸線をいくら歩いても、リゾートビーチにもコンビニにもたどり着くことはないんだ。
 身体から力が抜け落ちて、ボクは膝を白い砂の上についた。
「終わった。ああ、終わったよボクの人生!」
 頭を抱えると、ついツノに触ってしまった。ツンとした感触に自分で驚いて顔を上げる。
 すると、水平線の向こうにいくつもの船が見えた。そこそこ大きな[帆船{はんせん}]だ。マストの帆はたたまれていた。
 こ、これは……助かった! 渡りに船とはこのことだ。この島から脱出できるぞ!
「おーい! おーい! こっちこっち! 助けてくださああああああい! ボクはここで遭難しちゃったんですお願いしますうううううう!」
 立ち上がって両腕を目一杯に振って、ボクは船の方に声を上げる。
 あ、こういう時って[薪{まき}]を集めて狼煙を上げたりするんだっけ。って、さっきまで降ってた(と思われる)雨のせいで乾いた木なんてどこにもないよ!
 っていうか、ライターとか火を起こす道具もないし。
 ここは自慢の歌唱力で鍛えた自分の声だけで、なんとかするしかない。って、あれ? ボクって歌が得意だったんだっけ?
「おーい! おーい! おーい! るるるるる~♪ らららら~♪ ボクはここだよ~~♪」
 今度は声もさざ波にもかき消えることなく、遠く響いて届いたみたいだ。
 船の一団がゆっくりこっちに近づいてきた。ああ、声や言葉を受け取ってくれる人がいるって素晴らしい。
 歌が得意で偉いぞボクってば! これで助かった。助かったんだ。良かった良かった。
 船の方からも人影が、望遠鏡みたいなのでこっちを確認すると、ボクを指さして手を振った。甲板にぞろぞろと人だかりが増えて山のようになる。
 マストの帆がブワッサアアアっと全開になって、船の速力が上がったみたいだ。
「あれ? え? えっと……」
 帆には頭にツノのついた[髑髏{どくろ}]マークが描かれていた。
 最初は遠目でよくわかららかったけど、近づいて船員たちの顔が判別できるようになる。
 みんな上半身裸で虎柄パンツに金棒を持っていた。赤やら青やら緑やら、とってもカラフルな方々だ。
 頭には鋭くとがったツノがあり、口からは牙がにょっきり生えていた。
 頭の中で「チになれ」っていう矢文の言葉がぐるぐる回る。
「ひ、ひ、人食い鬼だああああああ!」
 ボクの悲鳴に船の上の鬼たちは「ウガアアアアアアアアアアアアア!」っと声を上げた。
 そして何人かが、いてもたってもいられないと金棒を投げ捨て、船上から海にダイブ。
 きれいなフォームのバタフライで、浜辺のボクに迫ってくる。
「いや、来ないでいいです助けは結構ですからああああああああああああ!」
 船からはジャーンジャーンジャーンとドラだかシンバルの音が鳴り響いて、鬼の大男たちの[雄叫{おたけ}]びまで上がるし、もうこれ、確実にボクを血祭りにあげるつもりだよ。
 ともかくなんとか逃げなくちゃ。森に隠れよう。だけどここって島なんです。
 逃げ場無いよ。うう、けど、今すぐ捕まるよりは森の中の方がマシだよねきっと。

 鬼が浜辺に泳ぎ着く前に、ボクはもう一度森の中に逃げ戻った。
 喉がカラカラだ。自分が今、北に向かってるのか南に向かってるのかもわからない。
 ただ、海際は怖いので森の奥へ奥へと進んだ。
 島の中心になるのかな? 見上げた森の木々の切れ間から、こんもりと岩山が見えた。
 その山頂あたりに滝がある。
「あそこまで行けば真水が飲めるかも」
 ちょっぴり[安堵{あんど}]した途端――
「ウゴアアアアアアアアアアア!」
「グルオオオオオオオオオオオ!」
「ウホウホホホッホホホホホホ!」
 森のどこからか、鬼っぽい叫び声が聞こえた。時々ゴリラが混ざってるけど、声を掛け合ってるみたいだ。
 捜索対象はきっと、ボク。
「こうしちゃいられないぞ」
 捕まればどうなるかもわからない。というか、たぶんあんまり良いことはないと思う。
 声に追い立てられるように、ボクは鬼の気配や声のしない方を選びながら、山頂から水しぶきを上げる滝を目指した。
 だんだん岩山が近づいてきて、小川のせせらぎが聞こえ始める。
 鬼の叫び声はずっと後方だ。どうやらボクのことを見失ったみたいだな。しめしめ。
 それにしても、ボクって結構耳がいいのかも。せせらぎを追って清流にたどり着いた。
 すぐに手ですくって水を飲む。
「ぷはー! 生き返るなぁ」
 冷たくておいしい! これでもう少しがんばれそうだ。
 必死に逃げてて気づかなかったけど、見上げると太陽が少しずつ西の空に傾きだしていた。
 このまま時間だけが過ぎ去り、夜になって真っ暗な森の中でひとりボッチなっちゃうなんて、想像したら悪い意味で鳥肌ものだ。
「と、ともかく逃げよう」
 ボッチもやばいけど鬼に捕まるのはもっとやばい。川に沿って上流を目指して進むと――
 森の中の[拓{ひら}]けた場所に村があった。
 藁葺き屋根の民家が転々としている。畑や田んぼまであった。いきなり田園風景だ。
「村だああああ! 人の住んでそうな村だよ!」
 滝のある岩山の[麓{ふもと}]の集落に、道行く人の姿は無し。静かすぎてちょっと不気味にも感じたけど、ボクは思い出した。
「お、鬼が来るぞー! 誰か! 誰かいませんかー!」
 いきなりよそ者がこんなことを言って、信じてもらえるかわからないけど、このままだと上陸した鬼が村をめちゃくちゃにしちゃうかもしれない。
 村に入ると一番大きな民家に向かって走る。
 家の前の広場に、でっかい釜が火にかけられて、いっぱいに張られたお湯が[沸々{ふつふつ}]としていた。
 これで料理を作ったら百人前とかできちゃうんじゃないかな?
 ともかく、火がついているということは、近くに誰かいるんだ。早く知らせなくちゃ。
 助けを求めてたのに、ボクがこの村のみんなを避難させることになるなんて。
 ともかく、うまくすれば村を救った英雄だよね。そしたらトモダチがいっぱいできちゃうかも。
 って、のんきなことを考えてる場合じゃない。大きな家のドアを叩く。
「すいませーん! どなたかいらっしゃいませんかー! 村の存亡に関わる緊急事態なんですけどー!」
 すると、扉が開いて中から大きな人影が姿を現した。
 真っ赤な肌に半裸の虎柄パンツの大男だ。頭にはツノが生えていて、口にはニョッキリ牙を光らせる。
 手にした包丁は血のりでべったり濡れていた。左手には首の無い[鶏{にわとり}]がピクピクと身体を[痙攣{けいれん}]させている。
 この村……鬼の村でした。
「し、し、失礼しました」
「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 背を向け逃げるボクを、包丁と鶏を手に振り回して赤鬼が追ってくる。
 やだやだもうなんでこんなことになるんだよ!
 涙ながらにボクは村を走り抜ける。振り返る余裕は無いけど、追ってくる鬼の声が一つ、また一つと増えていった。

 夢中で走って走って、気づけばボクは岩山に登っていた。空はすっかり[茜{あかね}]色。何も考えていなかったと気づいたのは、山頂に到着した時だった。後悔先に立たずってやつだよ。
 山の上に泉があって、そこから溢れた水が滝壺に[注{そそ}]がれている。
 登ってきた山道は、今や色とりどりの鬼の皆さんに埋め尽くされていた。
 みんな血走った目でボクを見つめて「グルオオオオオオオオオオオオオ!」「グワアアアアアアアアアアアアアアア!」「ウホホホホウッホッホ!」って、またゴリラが混ざってるけど、大興奮だ。
 後ろは滝。じりじりと迫る鬼軍団。このまま捕まったらボクは……。
 なんか全年齢向けじゃないようなことになるかもしれない⁉
 鬼の群れの包囲の輪は狭まって、その中でもひときわ大きな青鬼の腕がにょきっと伸びる。
 もうボクの後ろに道は無い。あるのは断崖絶壁だ。
「ヤット……ミツケタ……」
 鋭いナイフのような爪と、ゴツゴツと節くれ立った手がボクの頭をわしづかみにしようとする。
「う、うわああああああああああ!」
 捕まるくらいなら。
 そう思った瞬間――
 ボクは身体を後ろに倒して、そのまま滝壺に身を投げていた。

 誰かがボクを追いかけてくる。
 今日はずっと逃げっぱなしだったけど、死んだボクまで捕まえようとしてくるなんて、あんまりだ。
 目の前が真っ暗になったと思ったら、大きな青い腕がボクの身体をぎゅっと掴む。
 直後に衝撃と、水しぶきが高く上がった。
 そんなイメージがフラッシュバックした。
 耳元でパチパチとたき火の[爆{は}]ぜる音がする。
 手足の感覚がだんだん戻ってきて、ボクは目を開いた。
「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
 [途端{とたん}]に鬼の大合唱だ。目なんか覚めなきゃよかったよ。
 そこはさっき、ボクがドアを叩いた鬼の村で一番大きな家の前の広場だった。
 ボクは服を脱がされて真っ裸だ。もう恥ずかしいとか、そういう感情も起こらない。
 気分はそう、まな板の上の[鯉{こい}]だか[鯛{たい}]だかマグロである。
 ああ、きっとボクは、さっき見た首を切られた鶏みたいにされるんだ。
 身体は冷えて震えが止まらない。ボクは全身びっしょり濡れていた。
 なぜだろう。目の前にいる青い鬼も全身水浸しだ。こいつ、さっきボクを岩山の上で掴もうとしたやつだ。
「ウルゴアララゴルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 その青鬼がボクの身体を突然抱き上げた。
「ウゴラー! ウゴラー!」
 ほかの鬼たちが興奮した声で、金棒を地面にガンガンと打ち付ける。
 チになれ……血になれ……か。ボクなんか食べてもおいしくないよ?
 なんて言葉が通じるとも思えない。
 青鬼はボクを巨大な釜の前に運んだ。
「え? ちょ? もしかして……」
 釜からはほんのり湯気が上がっている。
 もしかして釜ゆで⁉ ここは地獄なのかな? アメノセイ改めユデノセイにされるッ⁉
 その瞬間が近づいた途端、ボクは嫌がる猫みたいに青鬼の腕の中で大暴れした。
「ウゴガガ⁉」
 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ‼
 その拍子に青鬼はボクの身体を解放した。窮鼠猫を噛むってやつだ。
 ただ、ボクの命運もここまでだった。青鬼に放り出されたボクの身体は、そのまま釜の中にボチャンと落ちたのだ。

「あれ? 温かいなぁ。ちょうど良い湯加減だよ」

 たき火はほとんど消えかけて、お湯は指先まで冷たくなったボクの身体をほっかほかに癒やしてくれた。
 青鬼が大慌てでボク頭を下げる。
「ウ、ゴゴ……姫サマ……失礼イタシマシタ……ゴ無礼オユルシクダサイ」
 お湯に肩までつかったまま、ボクは首をかしげた。
「え? あの、姫さまって、ぼ、ぼ、ボクが⁉」
 周囲をぐるりと見回すと、鬼たちはみんな膝をついてボクに頭を下げた。
 いったいどうなっちゃってるのこれ?

 太陽が西の空の水平線に呑み込まれて、辺りはすっかり暗くなる。滝壺に落ちてから、気がつくまでそんなにそう長い時間はかからなかったけど、いつの間にかお月様が空高く昇っていた。
 村のあちこちにかがり火が焚かれて、なんだかちょっぴり幻想的な雰囲気だ。
 香ばしい良い匂いが、はらぺこなボクの鼻をくすぐった。
 夕飯は、ついさっき〆たばかりの鶏肉の丸焼きだった。ほかにも鬼の村でとれたお米に野菜に、島の近海で上がった伊勢エビとかアワビとか、新鮮なお魚などなど、ごちそうがずらりと並んだ。
 [茣蓙{ござ}]が敷かれてテーブルが外に運びだされ、ガーデンパーティーというかお花見のような感じで村中大騒ぎだ。
 ボクは平安時代のお姫様みたいな、豪華な着物で飾られる。
 あれだけおっかなかった鬼さんは、実は怖いのは見た目だけでした。みんなとっても親切にしてくれるので、ここは一つ友好の気持ちを込めて、鬼ぃさんって呼ぶことにしよう。
 鬼ぃさんたちは、ボクのことを歓迎してくれたんだ。
 人間の言葉が話せる青鬼さんの話によると、ここは鬼ヶ島で、各地で人間に怖がられた鬼たちが集まって[開墾{かいこん}]したり漁船を作ったりして静かに平和に暮らしてたんだそうな。
 ちなみに海岸にある骨は、鬼ぃさんたちが来る前からあった漂流者の骨なんだって。
 びびって損した。っていうか、ボクぜんぜんびびってないし。きっとそんなところだろうと思ってたよ。
 そんな鬼ぃさんたちだけど、時々、鬼印の帆を船のマストに[掲{かか}]げて、各地で迫害にあっている気の良い鬼を集めて、鬼たちの楽園である鬼ヶ島に集めてるんだって。
 ただ、集まる鬼集まる鬼、みんなごつくて厳ついのばっかり。
 で、今回も仲間を集めて戻ってきたところ、浜辺で助けを求めるボクを発見。
 鬼ぃさんたちは、この頭のキュートなツノに一目惚れ。ぜひ、これからもこの島に住んで自分たちの“お姫様”になってほしいって。
 ちなみに、ボクが目を覚ました時に飛んできた矢文のことは、村の鬼ぃさんたちは知らないみたいだった。こんなにかわいいボクに矢を射かけるなんて不届き者だ! って、みんな怒るくらいだし。
 ともかく、ボクってば鬼ぃさんたちにすっかり気に入られちゃったんだ。
 いやぁ、照れちゃうなぁ。だけど、鼻息荒く追いかけ回すことはないよね?
 青鬼さんがボクに頭を下げる。
「オネガイ。姫サマニナッテクレ」
「え、ええとぉ……お姫様はちょっと困るんだけど、トモダチならいいよ!」
 鬼ぃさんたちは顔を上げると立ち上がって、一斉に雄叫びを上げた。
「トモダチ!」「トモダチ!」「トモダチ!」「トモダチ!」
 連呼するトモダチコールに、ふと思い出す。
 最初の矢文にあったけど、あの「……チになれ」って、まさか「トモダチになれ」だったの⁉
 あーもう、紛らわしいよ! どこのどなたか存じませんが、矢文を放った方へ。
 これから矢文の文面は油性ペンでお願いします。
 ボクは立ち上がって青鬼さんに握手を求めた。
「それじゃあ、今日からボクらはトモダチだよ!」
「オオオオオオオ! トモダチ! トモダチ!」
 青鬼さん、見た目はごついのに女の子みたいに瞳をうるうるさせちゃった。
 見た目で判断するのは良くないよね。ちゃんと話し合えば通じるんだよ、うん。
 まあ、最初に逃げたのはボクの方だけど細かいことは気にしない!
 というわけで、ボクに大きなお友達がたくさんできました。

    *

【あとがき】

 どーもどーも原雷火と申します~!
 今回はひょんなことからⅡⅤさん所属の人気Vtuber、アメノセイの短編を書かせていただきました。
 実は取材と称して、さいたまスーパーアリーナで行われたニコニコ超パーティー2018にも行かせてもらったんですけど、アメノセイへの声援は女性の方が多かったんですよねぇ。あんなにかわいいのに。いや、かわいいからか?
 はたしてセイくんなのか、はたまたセイちゃんなのか……とってもミステリアスなアメノセイは、誰がプロデュースするかで万華鏡みたいに、色とりどりの魅力をみせてくれると思います。
 というわけで、自分は得意のコメディタッチに仕上げてみました。プリティーなツノをみて、これはもう鬼ごっこしかない! と、今回の作品とあいなったわけです。楽しんでいただければ幸い。
 さてさて、自己紹介がてら著作について宣伝タイム!
 ただいま小説家になろう連載中の『こちらラスボス魔王城前「教会」』が、エンターブレイン書籍さんより小説1~2巻好評発売中です。
 こちらはなんとWEBデンプレコミックさん(https://denplay-comic.com/)よりコミカライズもしておりまして、ニコニコ静画(http://seiga.nicovideo.jp/comic/38521?track=list)やコミックウォーカー( https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19200685010000_68/)でもお読みいただけますぞ。コミカルでかわいくて、サクッと楽しめますので、ぜひアクセスしてみてくださいませ。
 そして2019年3月には講談社レジェンドノベルスさんから『世界を救うまで俺は種族を変えても甦る トライ・リ・トライ』が発売予定です。ちょっぴり大人テイストな冒険譚。主役はなんとRPGのやられ役のオーク!? 乞うご期待!
 ではでは、作品を通じてまたどこかでお会いいたしましょ~!