試し読み きみがVTuberになるまで(試し読み)

 ハッキリとした理由は覚えてない。
 そんなの、何だってそうだろう。
 歌詞が良かったとか、セリフが良かったとか、フォルムが気に入ったとか、スーパープレイに魅せられたとか――
 誰かが何かを好きになる理由なんて、そんなもんだ。
 俺が――クラスメイトの[早乙女{さおとめ}]を好きになったのだって、理由なんてない。
 よく目が合ったから――じゃ、ダメか?
 だって俺のことを見ている間、そいつの顔が見えるんだ。俺と目が合ったら笑ってくれて、たまに手を振ってくれるんだ。
 そうなると、自然とそいつのことを考えてしまうだろう?
 クラスメイトの中では一番背が低く、小動物みたいにちょこまかと動く彼女。小さな[身体{からだ}]を補うかのように、大げさな身振り手振りで表現するのを好む。感情表現も豊かで、よく笑い、よく怒る。
 この気持ちを、彼女に伝えられたらどれだけいいだろう。
 俺には伝える勇気も話術もタイミングもないけど――
「あのさっ! [三{み}][科{しな}]!」
 そんな彼女――早乙女が俺に話しかけてきたのは、とある日の放課後。
 両手を合わせて、土下座せんばかりの勢いで机に頭をこすりつけている。
「お願いがあるんだよっ!」
「???」
 早乙女とは別に何かをお願いされるような親密な仲ではない。ちょっとしたことで会話する程度だ。小さな頼みごとだったら同じグループの女子に言えばいいのに。
「三科ってVTuberに詳しいよね?」
「は!? なんでそんなん知ってんだよ⁉」
「だって休み時間にスマホで見てたじゃん! VTuberのライブ配信のアーカイブとか、アメノセイの歌ってみた動画とか! あと、[小{こ}][林{ばやし}]たちともライブイベントの話とかしてたし!」
「だ、だ、だからなんで知ってんだよ⁉」
 どんだけ俺のことに詳しいんだコイツは。
 俺を調べるってことは……俺のことを――?
 いや、そんなはずはない。頼みごとがあると言ってたじゃないか。
「それでね、それでね、三科にしか頼めないことなんだよ!」
「俺にしか……?」
 ホラ早乙女もそう言ってるじゃないか。
 落ち着け俺。期待するな!
 ――とはいえ、まったく見当がつかない。
 VTuberと俺と早乙女との相関関係がまるで思いつかない。
 早乙女がVTuverに興味があるなんて、今まで知らなかった。
 もしかしてイベントのチケットが欲しいのか? いやいや俺だってPCに張り付いて手に入れたのだ。興味があるなら自力で――
「あのね、私、VTuberになりたいの」
 ――は?
「ああいうのって、なるの難しいんでしょ? 芸能事務所みたいなものもあるし。あとパソコンとかで難しいソフトとか使いこなさないといけないんでしょ? そういうの、全然わかんなくて」
「あ、おう……」
「イラストならね、少しだけ描けるんだよ。だけど、3Dモデル……? とか、ああいうのはさっぱりなの」
 グイグイ近づいてくる早乙女。
 近い、顔が近い。
「…………」
 だけど目は真剣だ。
 本気――なのか?
「ごめんね、いきなり変な話して。やっぱり無理だよね。難しいよね」
「なぁ、早乙女」
「え?」
「お前さ、本当にVTuberになりたいの?」
「……だからそう言ってんじゃん。なんだよ、どうせ何も知らないよ。なりたいなって思っただけだよ。バカげた話だってわかってるよ。ダメモトで言ってみただけだよ」
「あのな早乙女、ひとつ言っとくぞ」
「……なに?」
「VTuberになるのって、めちゃくちゃ簡単なんだ」
 誰もいない放課後の教室で、ルーズリーフに簡単な絵を描く。
 その間、早乙女は近くのイスを引っ張り出してズルズルと持ってきた。
「VTuberってのは、Youtuberの派生だ。動画の投稿はYoutuberが配信するのと同じやり方でいける。ほら、よくスマホで撮影した動画をそのままアップロードしてる人いるだろ?」
「うんうん」
「それと同じだよ。誰でも動画をアップロードできる」
「[嘘{うそ}]だぁ。だってスマホ動画はリアルじゃん。現実のものを撮影してるんじゃん。バーチャルな身体で撮影するのって、すごい機材とか必要じゃん」
「そうでもないんだよ。そのバーチャルな身体を用意するのって、お前が思ってる以上に簡単なんだよ」
「そうなの?」
 きょとんとする早乙女に、俺は自信をもって[頷{うなず}]く。
「プロ用から[素人{しろうと}]用まで色々取りそろえております」
「ぜひご教授を、先生!」
 早乙女はイスから身を乗り出して俺に迫る。だから顔が近いっての!
 つーか、普通に[可愛{かわい}]いんだからYoutuberデビューしてもイケるんじゃないのか? いやでも声はもっといいし、アクションも大げさだし、これはVTuberのほうが向いているんじゃ……。
「三科? はやく教えてよ」
「あ、悪い」
 俺はルーズリーフに三つの単語を書く。
「VTuberに必要なのは、三つだ。〝心〟と〝技〟と〝体〟」
「心技体ってやつ? 体はわかるよ、バーチャルなものでしょ? でも心と技って?」
「〝話者〟と〝コンテンツ〟。いわゆる〝中の人〟と〝話す内容〟だよ。ガワだけ揃えても、動画の中身がつまらなかったら意味ないからな。ていうかそもそもお前、VTuberになって何するつもりだったの?」
「……あのね、好きな人に告白しようと思って」
「え?」

 

きみがVTuberになるまで

各電子書籍ストアで配信中!

価格:110円(税込)

【続きはこちらからご購入ください BOOK☆WALKER】

【続きはこちらからご購入ください Amazon】