「あそこに一人、お化けが見えるの」
と壁際を指しながら彼女。おれには見えない。けれども彼女は怯えていて、「このままだったらあなたのうちには行かない」とまで言われてしまう。それは困る。せっかくできたばかりの彼女なのに。おれの部屋には来てほしい。なんなら用がなくったって来てほしい。
「見えるんだったら、なんか、『そういうパワー』でなんとかできないもんかな?」
「無理よ。わたし、見えるだけだもの」
「ないの? 霊能力」
「ないでしょ。修行とかしてない限り」
でもまあ、おれに見えないのなら害はない。別に放っておいても良いのではないかと思っていると「お化けは見えなかったとしても、いるだけで害があるのだからきちんとなんとかしないとだめ」とのこと。なんだかハウスダストみたいだなあ。
仕方がないので塩を買ってくる。一番手っ取り早いお化け退治の方法といえばなんといっても盛り塩だ。
「お化けいたのこのへん?」と彼女に聞くと、「まあ、そのへんじゃないの」と適当な感じ。お化けなんて本当にいるのか? もしかして彼女がおれの部屋に来たくないというだけの理由ででっちあげられたニセお化け事件ではあるまいか。
いけない。疑心暗鬼はよくない。せっかくできた彼女なのに。人を信じる気持ちを失ってはおしまいです。とりあえず塩を置いてみよう。なんだか神妙な感じがしていいじゃないか。気分もいやおうなしに盛り上がるというもの。
「どう? 効いてる?」と期待をこめながら聞くけれども、彼女は暗そうな顔で、
「まだいるけど」
いるんかい。
「なにがいけないんだろ」
「うーん、量?」
量かあー? そういう問題か? 半信半疑だけれども仕方がない。どんどん盛っていくことにしよう。
塩をさらに買いこみ、お皿もたくさん用意して、「盛り塩用」の三角錐の容器(そういう商品があるの、知ってた?)も買ってきて、そこに塩をぎゅっぎゅと詰めこんで逆さにひっくり返す。するときれいな盛り塩ができる。なんだか意外に気分がよく、こういう小さな達成感が人生には必要だよなという気がしてくる。
だがそれでも頻繁に盛り塩をしていると塩代もなかなか馬鹿にならない。ホームセンターのバイト仲間に親戚が塩田をやっているやつ(「おれんち、塩がしょっちゅう送られてくるんだよね」――そんなことってあるか?)がいたので、塩を大量に譲ってもらえないだろうかと頼むと、そいつはうろんな顔をしながら「お化けでも出るの?」と聞いてくる。
「うん、出るの」
そいつはかわいそうな顔をしながら「いいよ、いくらでも送ったげる」
それで塩をバンバン送ってもらってバンバン盛り塩をしていった。
お化けの出た壁際にだけ盛り塩をすればいいのかどうかもわかんないのでネットで調べると、盛り塩を置くのに具合のいい場所は、「玄関」と「台所」と「トイレ」と「風呂場」と書いてある。開運的にもいいらしい。開運などはこの際どうでもよいがついでなので玄関と台所とトイレと風呂場に山のように塩を盛っていく。
だが問題は古くなった盛り塩は片づけなければいけないらしい点である。塩って何のゴミなのかも不明なので、ついつい捨てるのを億劫がっているとどんどん溜まっていくばかり。自然のものなんだからそのへんの道端にでも捨てとけばいいんじゃないのとも思ったけれども、塩って生態系に悪影響を与えるらしいのだ。おれんちの除霊の影響でこのへんの生態系が変わってはたまったものではない。
それで捨てるのもほったらかしにしているうちに皿から溢れた塩が床にびっしり溜まってしまう。なんだか雪の積もった朝のまだ誰も歩いていない校庭みたいだ。窓から太陽が射しこむときらきら光ってとってもきれいなのだ。
さすがにここまで山積みにしておけばお化けも出ないのではあるまいかと思って、
「どう? さすがにもういないでしょ?」と自信満々に彼女に尋ねると、
「盛り塩ってこういうんじゃないと思う」
「そうかな? いやまあ、そうかもしれないというのは、うすうす感づいてはいたよ」
「とりあえず片づけようよ」と彼女は疲れたような顔。
「片づけるとお化けが出てきちゃうかもしれないんでないの」
「いやもう、なんか、お化けより、こっちのほうがアレだから、片づけようよ……」
仕方がない。彼女がすっごく嫌そうな顔をしているので二人で盛り塩を片づける。せっかく盛った塩を片づけなくてはいけないのはとても悲しい。シクシクした気持ちになりながら片づけていると、彼女が一言、
「それに、そこにお化けいるし」
いやいるのかよ。
「二人」
増えてるのかよ。
終わり
『お化けのそばづえ』
全国書店他で3月25日より発売。電子版も各電子書籍ストアで同日配信開始。
定価:1870円(10%税込)
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