家の中に霊道ができたらしく、ひっきりなしにお化けが通過するようになってしまってたいへん困る。夜も寝ているときにお化けに顔を踏んづけられたりする。当然びっくりして跳ね起きて、うひゃっなんだこりゃと悲鳴を上げる。そんなことがたびたびある。踏んづけたんだったら謝ってほしい。鼻っ面に冷えたこんにゃくをぶつけられたような感触にカンカンになるが、こんなことが日常茶飯事になってしまったのだ。
なので「霊能者」にお願いすることにした。
置田とかいう白いジャケットを着た霊能者はわたしの部屋に入ってくるなり「うわっ、でっか」と驚いた様子でペロッと唇を舐める。
少し面白がっているような雰囲気にムッとして「なにがでかいんです?」と尋ねると、
「御堂さん? だっけ? あんたんちの霊道、めちゃくちゃでかいのよこれが」
と壁の方を指差しながら、
「例えば普通の霊道が幅員六メートルぐらいの市町村道路だとして、あんたんちの霊道って二十メートルぐらいの幅があんの。つまりどういうことかっていうとそれだけ大量のお化けがここを通ってどこかに行きたーいっていう需要があるから広くなってるってことで」
「待って待って意味わかんない」
慌てて置田さんを遮る。
「需要って、なに?」
「知らん。お化けに聞いてくれ」
あんたはお化けの専門家じゃないのか……。
「とにかくお化けがあんたんちを通ってどっかに行きてーんだろ。お化けの遊園地でもあんだろ。こっちの方に」
置田さんは壁の前あたりの空間を指でペタペタ触りながら「うわー、高速道路じゃん」と笑っている。笑うな、人んちの、惨状を……。
「ど、どうすればいいんですか?」
「うーん、お金取ってみたら? 有料道路にしよう」
ますますわけがわからない。
「ど、どういうこと?」
「人間、無料が大好きだろ? 無料だからっていらないサービスつけちゃうし、三ヶ月無料だから変なサブスクの契約してることも忘れちゃう。あんただって普段は通んない有料道路でも無料期間中は通るでしょ? それと一緒よ。だから有料にしよう」
「いやっ、だからどうやって」
「貼っときゃいいのよ、『有料』って書いて」
コピー用紙ある? と言いながら置田さんが部屋の中をうろうろしだす。女の子の部屋をあんまりうろつかないでほしい。あわててA4のコピー用紙を渡しながら、
「いやっ紙に書いたって」
「そこを何とかするのがおれらの稼業よ」
言うなり、置田さんはコピー用紙にでかでかと「通行料 千円」とマジックで書いた。意外に達筆。
「……そ、それを?」
「壁に貼るの」
「……それだけ?」
「いちおー、『念』こめてっから、効き目はあると思うよ。なんつうか、お化けと同じ次元に届けるには念こめねえと伝わんないから、すりゃお化けにも見えんのよ、『ここ有料なんだ』って」
「あっ、そういうオカルト的な処置はあるんですね」
「そーよ、安心して、バッチグーだから」
置田さんはニコッと笑う。
「じゃここに貼っとくから、お化けも有料だってわかったらたぶん通らなくなると思うから、獣道みたいなもんで通らなければどんどん小さくなるからさ」
そう言って置田さんは出ていくのだった。
その晩のこと。電気を消すといつもどおりにお化けの気配がそこかしこの壁の中から伝わってきた。ざわざわひそひそ。おいおい、お化けいるじゃないのと思っていると、部屋のどこかから「あっ」と驚くような声。
「金とんの⁉」
瞬間、部屋にあったたくさんの気配がいっせいに消えて、あたりはまた静かになった。
電気を点ける。部屋には誰もいなくなっていた。
へー。紙に書いただけでお化けが出なくなるとは、さすがは霊能者のパワーだなあと驚いた。またこれで平穏の日々が戻ってくるぞと入口の方に振り返る。
するとそこに、しょぼくれた顔のお化けが一人、こっちを向いてぼけっと立ち尽くしていた。おわっなんだおまえ。びっくりするだろうが。
するとチャリンと音がして、虚空から五百円玉が落っこちてきた。拾う。間違いなく五百円玉。しかも最近の発行のやつだ。
お化けと五百円玉を交互に見る。まさか、千円は高いけど、五百円なら出せなくもないということなのか? という顔で睨みつけると、お化けはゆっくりとうなずいていく。
「八百円!」
わたしは腕組みし、お化けに向かって宣言した。これ以上はびた一文まからないよ。
終わり
『お化けのそばづえ』
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定価:1870円(10%税込)
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