試し読み シャークロアシリーズ 炬島のパンドラシャーク第7歯

とある犯罪者の述懐

 ――あの女は、異常だ。

 ――傭兵ようへいに必要な要素はなんだ? 
 ――普通の傭兵の話じゃあない。雇われて戦場で戦ったり、誰かの護衛をしたりする、真っ当な民間軍事会社の話でもない。『時には犯罪行為にも手を染める』というわけじゃなく……『犯罪行為専門』のろくでもない連中の話だ。
 ――戦争に真っ当な理由があるかどうかは別の話として……まあ、普通の傭兵と同じなのは感情に流されずにシステマチックに動けるかどうかとか、生存本能をましてるとか、チームとの連携をとる力とか、慎重さと入念な準備に、それを実行できる経済力。まあ、単純に運もそうだな。
 ――で、ろくでもない傭兵の方に必要なのは何かっていうと、倫理観の『無さ』だ。必要とあらば普通の傭兵も民間人がいる建物に躊躇ためらい無くランチャーをむ事もあるだろうが……そういうレベルじゃねえ、戦場でもなんでもない平和な国の中で、ショッピングモールに爆弾を仕掛けたりする、そういうたぐいの躊躇いの無さだ。
 ――特定の思想に突き動かされたテロリズムじゃない。純粋に、金の為にそれができるやつってのは……まあ、普通じゃない。強盗や殺人までできる奴は腐る程いる。だが、金の為に大量破壊までやらかすってのには、独特な才能がいる。
 ――権力を求めるわけでもない、正義を振りかざすわけでもない。
 ――あんた、仮に年収の10年分もらえるとしたら、平和な国の首都のど真ん中に化学兵器ぶち込めるか? 迷わずできるってんなら、才能があるぜ。
 ――感情のネジがぶっ壊れてて、良心のしゃくを感じ無い奴ならそれができるかって?
 ――どうかな。だとしたら尚更なおさらそんな無駄むだな事はしないんじゃないか?
 ――割に合わなさすぎる。国を敵に回すぐらいなら、もっとマシな稼ぎ方はいくらでもある。
 ――まあ、とにかくそんなイカれた連中がまとまってるのが、『バダヴァロート』って組織だ。
 ――ロシア語で『大渦おおうず』って意味らしいが、ロシア人はほとんどいない。色んな国から集まった金目当ての悪党どもさ。
 ――奴らを『傭兵』だなんていうのは、傭兵に失礼なんじゃねえかなあ。まあ、そういう連中と依頼人の仲介をやってた俺が言える事じゃねえけどよ。
 ――……で、だ。話を戻すぜ。
 ――『バダヴァロート』の連中にゃいくつか派閥があるんだが、その中でも一際ひときわ頭のイカれた武闘派の部隊を仕切ってるのが、あんたの知りたがってるイルヴァって女だ。
 ――もう一度言うぜ、あの女は異常だ。
 ――時々いるんだ。あの女……イルヴァみてぇに常識のネジが外れたヤツが。
 ――常識は常識でも、悪党としての常識のネジってヤツだ。
 ――あんた日本人か? 日本だと……俺が知る限りじゃ、えっブリッジのにじいろあたまだの、いけぶくろの人間じゃねえなんて噂のある黒い運び屋だの、あいつらに近い。知ってるか? 知らないならまあ今のは忘れてくれ。
 ――要するに、なんだ。
 ――自分から進んで法をおかしてやがるのに、それなりに人間味があるっつーのかな……。
 ――イルヴァは、甘いところがある。
 ――破壊行為に手を染めはするが、必要が無きゃ民間人をぎゃくさつしたりはしねえ。
 ――ガキが巻き込まれたら悲しむし、雨にれてる子猫を助けたりもする。
 ――だが、仲間が人殺しをやるのを止めることはしねえ。極力殺さねえってだけで、人質を取るような依頼は平気で受ける。
 ――当然だな。善人ならそもそも悪事なんか働かねえ。つまり、自分だけで完結してるのさ。自分はできるだけい子ちゃんでいようとするが、他人にそれは押しつけない。まあ……早い話が、偽善者ってヤツだな。
 ――問題はそこだ。
 ――そんな甘ちゃんの偽善者が、なんで悪党どもの部隊のリーダーなんかやってると思う?
 ――さっき言ったような倫理観のねえ悪党連中が、どうして大人しく従うと思う?

 ――化け物だからさ。
 ――悪党だって命はしい。
 ――だから、化け物には逆らわねぇ。

 ――俺が前に仲介した依頼人は、それを知らなかった。
 ――北欧ほくおうあたりの、どでけえギャング組織だったが……イルヴァが若い女だからってめてかかったんだろうな。証拠を残さないように、イルヴァの部隊も消そうとしたのさ。
 ――まあ、次の日には消えたよ。そのギャング。本部にしてたビルごと……物理的にな。

 ――奴らがバカをやったお陰で、仲介した俺まで責任を取らされてな。
 ――ただ、命だけは助けてくれたよ。……お陰で一生車椅子の生活で済んだ。御丁寧に『やりすぎた』って謝ってくれてな。両腕の義手までプレゼントしてくれたぜ。
 ――どうだ? 優しいだろ。……がする程にな。

     ♪

人工島『りゅうぐう』 海洋研究施設

『この国の言葉だと、ひゃくぶんはいっけんにしかず、だっけ? イイ言葉だよねー、ハイ、ボーン』

 そんな放送と共に、島の一部が爆破された音が研究所にまで響いてきた。
「ったく、何が『この国の言葉だと』だよかげの奴。自分もこの国の出身だろうに、白々しい」
 肩をすくめながら言うベルトラン。
「なあ、そう思うだろ?」
 彼の目の前には、カタカタと震える一人の男。
 つい先刻まで、他の四人と共にべにぐら博士の確保に向かっていた傭兵の生き残りである。
「……」
「ちっ。リラックスさせてやろうとしてんだから、空気読めよなあ?」
 大きく息を吐き出し、ベルトランはここまで逃げ戻って来た仲間による報告を思い返す。
「電気ねぇ。ここで身体からだなかにバッテリーでも仕込まれたってのか? 少なくとも『ヴォイド』がデンキウナギだったなんて話は聞かねえが」
 少し考えた後、ベルトランは口元に巻いたバンダナの下でみを浮かべながら言った。
「そんな化け物なら、もっと高値で売れるかもしれねえしな」
「べ、ベルトランさん。もう四人もやられてるんすよ!?」
「確実に死んだのは二人だろ? しびれて心臓が止まってただけの残りを見捨ててきたのはお前だぜ?」
「う……」
「イルヴァのあねへの言い訳、考えとけよ」
 ほほを引きつらせる『生き残り』から離れ、ベルトランは静かに考える。
 ――さて、どうする?
 ――金にはなるが、下手へたに突っ込んでも犠牲を増やすだけだ。
「おい」
 ベルトランは人質にしている研究員達に近づくと、銃を向けながら単刀直入にいた。
「サメについて知ってる奴はいるか? ただのサメじゃねえ。紅矢倉博士がここの地下……いや、水面下か? まあどっちでもいい。ここの下の方で大事に育ててるサメだ」
「さ、サメ?」
 銃におびえながらも、わけがわからぬと言った調子で周囲の同僚と視線を合わせる人質達。
 その様子に誤魔化しや?うそがないと判断したベルトランは、銃をらしながら別の事をたずねた。
「ああ、もういい。したにゃ期待しねぇ。この研究所の機密区画に入れる権限を持ってるのはどいつだ?」
「そ、それは……所長と市長、あとは機密区画のそれぞれの研究主任達……ぐらいです」
「所長が今この島にいねえのは知ってる。市長の女帝様は俺の仲間とお楽しみ中だ。研究主任はこの中に……いねえな」
 あらかじめ回収しておいたネームプレートを手にしていたベルトランは、それを確認しながら溜息ためいきき、研究員達のノートパソコンからデータを漁っていた傭兵仲間に問い掛けた。
「おい、研究主任とやらで今日島にいる奴は?」
「夕方に退勤してますね。クワメナ・ジャメって奴です。まだ島にいるんじゃないすか?」
「データ探して、巡回の連中に回しとけ。場合によっちゃ狐景に放送で呼び出させるが……そいつは、この後の流れ次第だな」
「流れ、ですか?」
 無線機を手に取りながら、ベルトランは飄々ひょうひょうとした調子で答える。
「イルヴァの姐御に報告する。『欠員』についても説明しとかねえとよ……ったく」

 そして、数分後――
「喜べ。姐御本人がやるとよ」
 ベルトランの言葉に、襲撃者の部下達が一瞬ざわめき、次いであんの表情を浮かべ始めた。
「ま、問題があるとしたら一つだ」
 そんな周囲の空気とは逆に、少し不安げな表情を浮かべながらベルトランは独りごちる。
「……売れる部位が、欠片かけらでも残ってくれりゃいいんだが」

     ♪

人工島 地上

『はいはーい。哀れな人質のみなさんに、お姉さんからの大サービスだよー。トイレと自販機の電気だけは復旧してあげるねー』
 そんなふざけた調子の放送と共に、人工島の各所にてあかりが復旧した。
 これ幸いにとトイレの清掃器具用コンセントなどから携帯電話の充電を試みる者なども現れ、島の一部が爆発した際のパニックとはまた別の、混沌こんとんとした空気が島の中に蔓延まんえんしていく。
 中にはコンセントの争奪で争いを起こしかけた者もいたのだが、追加の放送で『暴れると消しちゃうよ? 電気だけじゃなくて、君達ごと』と流れてきた為、皆先刻の爆発を思い出し、いびつ秩序ちつじょのようなものが生まれてそこまでの混乱は起こらなかった。

 そして――八重やえがしフリオが所属している小学校の面々も、最初は混乱により呆然ぼうぜんとしていたのだが、状況が進むにつれようやく自分達が危機的状況にあると?み始めていた。
「よし、みんな聞け、落ち着くんだ。トイレに行きたい子は、私についてきなさい」
 引率の一人である男性教諭は、子供達がパニックを起こさないようにと、えて落ち着いた調子で声を上げる。
 子供達は皆不安そうな顔で級友達と顔を見合わせており、普段はさわぎ立てるようなタイプのやんちゃな生徒も、爆発の場所が程近かった為にすっかり怯えてしまっている。
「せ、先生。逃げなくていいの?」
 教師の近くにいたフリオがそう尋ねるが、教師はできるだけ穏やかながおうなずく。
「大丈夫だ、すぐに警察の人達や市長さんが何とかしてくれるから」
 下手に子供達が逃げようと騒いだら、それこそ襲撃者達を刺激しかねない状態だ。
 フリオはそんな教師の声にとりあえずは納得したが、不安をぬぐう事はできずに怯えながら手を上げ、一緒にトイレに向かった。

 近場の公衆トイレは人が詰めかけており、不安といらちの混じった声が四方から聞こえてきた。引率の教師はそんな声から遠ざけようと、なるべく人の少ないトイレの脇にある水路のそばへとフリオ達を誘導し順番を待たせた。
 この島は緊急時に区画を分離させ、それぞれが独立して浮上できるようなシステムなっており、その区画の境界は深い水路で区切られていた。
 ヴェネツィアの水路のように建物の間にあるというよりは、狭い河川敷のようなスペースを開けて水が流れている形になっている。
 場所によって幅は違うが、フリオの前に広がる水路は場が20mほどあり、それなりの深さもあるので遊泳などは禁止とされていた。
「お姉ちゃんもお父さんも、心配してるかな……」
 恐ろしい現実から目をらすように、その暗い水路を横目に見ながらつぶやくフリオ。
「泳いで逃げられたら良かったのに……」
 そんな彼の妄想もうそうを具現化したかのように――
 何かの泳ぐような水音が、不意に水路から響き渡った。
「え?」
 フリオは音の方に目を向けるが、ただでさえ暗い島の中で、深い溝となっている水路の様子を目で確認できようはずもない。
 少年は自分の携帯電話のライトを点けて水面に向けるが、そこにはもう何も居なかった。

 ただ、何かが水面を割って進んだかのような波紋の揺らめきだけが。
 キラキラと。キラキラと。

 

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