試し読み シャークロアシリーズ 炬島のパンドラシャーク第2歯

[大王{だいおう}]TV制作 ドキュメント番組『バーチャル再現、世界のクライシス! 6』より

 

「世界の中に浮かび上がった様々な事故や災害。
 当時の様子を再現し、何が起こり、人はどのようにそれを克服したのか――バーチャル空間の中でそれを再現して皆様にお届けするこの特番。
 六度目となりました今回も、ナビゲータはこのボク、Vチューバー『アメノセイ』が務めさせて頂きます。

 さて、今回皆様をご案内するのは、10年前の太平洋。
 まだ視聴者の皆様のご記憶にも新しいと思いますが、本日再現する災害は、世界中の海を恐怖の渦に叩き込んだ未曾有の獣害――『[人{ひと}][食{く}]い[鮫{ざめ}]ヴォイド』!
 魚類であるサメについて『獣害』と言うべきかどうかは古くより意見が分かれるところですが、敢えてはこの番組では獣害という単語を使いたいと思います。
 通常の『サメ』と同等に扱われることはなく、神獣、魔獣、あるいは怪獣と様々なたとえで呼ばれる事となった生ける災害。
 これまでのサメによる被害の常識の多くを[覆{くつがえ}]し、「海の中に現れた、全てを消し去る穴」という意味から『[虚無{ヴォイド}]』の名で呼ばれることになりました。
 その名をつけたのは公的機関ではありません、インターネット上のSNSで民間人の[噂{うわさ}]として広まったものです。
 存在が各国の政府機関に確認された時点で既に一般人の認知が進んでいたため、そのまま報道や対策本部でも使われる正式名称となりました。

 ……そう。
 最初は、『ヴォイド』はただの噂でした。
 太平洋上を航行中だった客船『イグジットⅡ世』。
 10年前。
 日本時間7月20日の午後11時。
 その瞬間。
 世界最大級の豪華客船は、突如として大きな[揺{ゆ}]れに襲われました。
 緊急停船し、原因を究明したところ――船のスクリューが全て破壊されていることが判明し、その後、救助船に[曳航{えいこう}]されてアメリカに寄港した際、事故調査を行った作業員達は驚くものを目にすることとなります。
 それは――ズタズタに切り裂かれ、見るも[無{む}][惨{ざん}]な姿となったアルミ青銅製の巨大スクリューでした。
 当初は、何か鋼鉄製のワイヤーや漂流物を巻き込んだのではないかとの推測を調査班が発表しましたが、報道の際に損傷したスクリューの写真が掲載されると、インターネット上では一つの噂が[囁{ささや}]かれることとなったのです。

【あれは、サメの[嚙{か}]み[痕{あと}]ではないのか】……と。

 しかし、鋼鉄ではないとはいえ、通常の青銅よりも硬度が高いアルミ青銅、しかもスクリューとして回転中のそれらを嚙み千切るサメの存在など、あまりにも荒唐無稽な噂でした。
 故に、最初の数日はあくまでネット上の都市伝説として、笑いと共に語られる程度。
 豪華客船の緊急停止という話も、負傷者がいなかったこともあり、すぐに他のニュースに埋もれて忘れ去られていきました。
 次の噂が持ち上がったのは、7月28日。
 アメリカ西海岸の沖合で漁業を行っていた漁師達が、マグロのような速度で泳ぐ、推定10mになろうかという巨大な魚影を目撃したというのです。
 漁師達の網がいくつも食い破られており、やがてその目撃情報は太平洋を西へ西へと移動し、やがて日本近海に到達しました。
 そして、運命の8月1日。
 近年もっとも海水浴客が少なくなったと言われる魔の1ヶ月は、この日から始まることとなったのです。
 番組では今回、その日からの一ヶ月をバーチャル空間に再現しました。
 犠牲者への[追悼{ついとう}]と共に、二度とあの悲劇を繰り返さないためにも、我々は敢えてあの時期に世界で何が起こっていたのか、どのようにして災害の収束に至ったのかを改めて検証したいと思います。

【人食い鮫、ヴォイド】

 海水浴客や漁師、軍人に至るまで。
 最終的に二百四十八人もの人々の命を奪った、海中に蠢く巨大な[ヴォイド{虚無}]。
 たった一匹のサメが、それほど多くの人命を奪う……これを皆さんは、荒唐無稽なことだと思うでしょうか? あるいは、人食い鮫を題材とした映画などを見慣れていると、普通のことだと考えるかもしれません。
 元々、サメに人食いというイメージが根付いたのは映画が原因と言われています。
 かの名作、『ジョーズ』が世界的なヒットを収めた時は、各地の海でホオジロザメを筆頭としたサメが人に害する魚として狩られ、個体数を大幅に減らすことになったとも言われていますが――実際のところ、サメに殺される人の数はどのぐらいだと思いますか?
 海中から見た姿がサメの主食のアザラシに似ている、などの理由で、サーファーや遊泳者がエサと間違われて嚙まれてしまった結果命を落とすことは時折ありますが、それでも年に平均10件ほどです。
 これを「年に10人も」と思うかもしれません。実際、その数件を消すことができればそれが一番良いのでしょう。
 ですが、象は年に百人、カバは年に五百人、野犬は二万五千人。蛇にいたっては年間五万人もの人命を奪っています。
 それらに比べれば、サメが特別人を殺す存在というわけではありません。
 故に、『ヴォイド』だけを見て、サメは危険な生物だ、絶滅させなければ……などと思うのは間違いです。『ヴォイド』は通常のサメと比べて様々な特異点を持っており、もはやサメから突然変異した別の何かであるという声も多く聞かれます。
 例えば、単体による人間の犠牲者の数でいえば、ブルンジ共和国にいる『ギュスターヴ』と呼ばれるナイルワニは、生涯で300人以上の人間を[喰{く}]らい、いまだ犠牲者の数は増え続けているという説すらありますが――それより犠牲者の数では下回る『ヴォイド』が災害と呼ばれた所以は、その期間にあります。
『ヴォイド』の存在が噂ではなく、公的に確認された8月1日からの3ヶ月。
 たった100日足らずの間で、ヴォイドは248人もの人間を殺害したのです。

 その最初の犠牲者は――まだ十代の少年。
 [紅{べに}][矢{や}][倉{ぐら}][奏{かなで}]君、当時15歳の中学生。
 後にヴォイドと壮絶な戦いを繰り広げることとなる、人類側のキーパーソン――

 若き生物工学者である、紅矢倉[雫{しずく}]博士の弟でした』

 

シャークロアシリーズ『炬島のパンドラシャーク第2歯』

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価格:165円(税込)

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